10月6日(金) クラブパラダイスに到着

フィリピンチックな朝御飯

HYATT Regency Manilaで過ごした一夜。朝御飯は1階のレストランでブッフェをいただけることになっている。8時半にはホテルを出なければならず、7時に皆でぞろぞろと朝食を摂りに階下に向かった。

いわゆる普通の洋食ブッフェを予想していたのだけれど、並んでいるのは洋食料理に加えて温かい「フィリピン料理」が色々と。おかずコーナーをろくに見ずにロールパンを1個パン皿に持ってきてしまったのを後悔しながら(でもパンに添えたパイナップルジャムはとっても美味しかった)、ガーリックライスやお粥をしっかり平らげた。

朝からガツンとにんにく臭 ドライフルーツが豊富でした これがスペイン風お粥「Arroz Caldo」

並んでいたジュースはマンゴー、キャロット、パイナップル、オレンジ。マンゴージュースがあるのがいかにも南国らしく、一同そろってマンゴージュースをテーブルに持ってきた。種類豊富なパンに、目の前で調理してくれるオムレツ、ミューズリーやハム類、チーズも。ドライフルーツも豊富で、フルーツコーナーにはパパイヤ、パイン、すいか、メロンなどなどが。ブッフェ台はいろいろな果物や料理でとてもカラフルな事になっていた。

そして温かい料理のコーナーにはガーリックライス、蜂蜜漬けハムのグリル(Honey Cured Ham)、グリルドポテト、そしてフィリピン料理の数々。興味深かったのはこんなものだった。

Arroz Caldo
「Arroz」はスペイン語で「米」、「Caldo」は「スープ」のこと。「あろす……かるど?」とカウンターの前で呟いたら、スタッフの人がすすすと近寄ってきて「スペイン風のお粥ですよ」と教えてくれた。お粥鍋の前には各種薬味やソース類が。どれを乗せて食べようかなと眺めているうちに、そのスタッフが粥をよそって薬味をぽいぽいと散らし、「はいどうぞ」とばかりに手渡してくれた。乗せられたのは肉味噌っぽいものにフライドガーリック、刻み葱。最後にとろみのある醤油状のタレをかけ、カラマンシーをころりと受け皿に添えてくれた。
薄く褐色がかった粥は鶏肉たっぷり、そして生姜の風味も濃厚。塩気がそれなりについた、とても濃厚な味の粥だった。インドネシアなどで食べたお粥ともまた別な感じ。
Chicken Adobo
「Adobo」(アドボ)は、「肉を甘辛く煮た料理」なのだそうで、主として鶏肉や豚肉が使われるのであるらしい。味付けには醤油や酢、にんにくその他スパイス類が用いられ、日本人にもどこかなじみ深い味がする。朝御飯に食べたアドボは、煮込みというよりグリルという感じ。焼き色がうっすらついていて、こっくりと濃厚な味がする。ほんのりスパイシー。今回の旅行中何度か口にしたアドボだけれど、御飯に似合う美味しいおかずだった。左の写真、中央に写るじゃがいも(とパプリカ)のすぐ後ろに写っている、御飯の手前に盛られているのがアドボ。
Sauteed Tuna
そのまんま「ツナ炒め」なのだけれど、フィリピン滞在中、頻繁に見かけた料理だった。玉ねぎと一緒に塩炒め。これも御飯に似合う。
Salted Egg
これまたその名のとおり「塩漬け卵」。ただし殻はびっくりするようなピンク色をしていた。ゆで卵を塩漬けにしたもののようで、黄身の部分にまで濃厚な塩気が感じられる、かなりしょっぱい塩卵。お粥に入れたり炒め物に使ったりするのがよさそうな感じ。殻を剥いたら私の指がピンク色に染まってしまった。中華料理にもこの手のものはあるけれど、それとも微妙に違う感じ。

ディマカヤ島を目指して

昨日できなかった両替をホテルで済ませ(1万円だけ両替して、4000ペソを入手、100ペソ=250円ということになる)、朝8時半、荷物をまとめてホテルの送迎車で国内線空港に移動。ホテルから空港までは滞りなく移動できて約15分の距離だ。
「でも、渋滞するからねー……でも、いつもだいたい35分はかからないよ」
という話だったので、朝9時に国内線空港に到着する事を目処に送ってもらった。途中には電車の駅があって、どうやらそこまで道路は渋滞しているらしい。結局、25分くらいかけて車は国内線空港にたどり着いたのだった。

私たちは、でもまだ国内線のチケットを手に入れていない。乗るべき便は「SEAIR」の会社のもので、ホテルのスタッフからの指示によると、9時から9時半の間にスタッフが行くようにするので国内線空港のSEAIRオフィスに来てください、とのこと。空港は外も中も大混雑で、早朝の便でマニラに到着した人々が市内に移動するためにタクシーやバスの乗り場に長蛇の列を作っている。大荷物の私たちは少なからず緊張しながら目指す事務所を見つけ、「あと5分くらいあるね」などと言いつつ事務所の中で待たせてもらった。

これまでのやりとりの数々で、「どうもフィリピン人って、ちゃんとしてないなぁ」という印象を抱いていた私たち。本当にホテルのエージェントはこの事務所にやってきてくれるのか、すんごくすんごく不安だった。が、その不安を消し去るように、9時きっかりに事務所にやってきてくれたエージェントAさん。カーボン紙使用のクレジットカード読みとり機を持ってきており、ここでリゾートホテルの滞在費と国内線の費用の精算をした。
「大丈夫?ちゃんとチケットの中身を確認してくださいね。ちゃんとしてくださいね?」
と何度も何度も念押ししてくれて、こちらもしっかり名前や便名を確認。ああ良かった。これで今日からのホテルに無事に行けるよ。
待合所はそれなりの混雑

そして国内線の搭乗手続きをして、空港使用税1人あたり200ペソを支払い、厳重な手荷物検査を受けた後に左の写真のような待合室で待つこと1時間半ばかり。

搭乗する国内線の制約「預け荷物は1人10kgまで」(オーバーした場合は1kgにつき約100円の追加料金)を無事にクリアし、テロ警戒中とのことでフィリピン発の国内線国際線の搭乗客に要求されている「液体を持って乗り込んじゃダメ、チューブ入りのクリームや乳液、スプレーなどもダメ」もなんとかクリア。母がうっかり小さな乳液の瓶を化粧ポーチの中に入れてしまっていたのだけれど、それは係員にしげしげと眺められた後に「これはまぁ、良いでしょう」とばかりに見逃してくれた。でも、その手荷物チェック場のすぐ横のゴミ箱には日焼け止めとかジュースの瓶などが山のように積まれ捨てられていて、なかなかすごい様相だ。

待合室の中にはいくつかのお店もあった。マッサージ屋さん、フレッシュジュース屋さん、そしてミスタードーナツ、派手派手なロールケーキを売っているパン屋さん、そして肉まんなども置いている総菜屋さん。それらを眺めつつ待つこと数十分。出発は約10分遅れて、本来の出発時間を少し過ぎた頃に「ブスアンガ行き、SEAIRのお客様は4番ゲートに云々」とアナウンスがあった。

これに乗りまーす。……小さいでーす……。

photo 私たちの最終目的地はDimakya(ディマカヤ)島。だけれどもこの島に飛行場はないので、最寄りのBusuanga(ブスアンガ)島の空港をまずは目指すことになる。小さな島に飛ぶのは小さなプロペラ機で、操縦士含めて19人しか乗れない小さな小さな飛行機だ。こっちですよー、とSEAIRのスタッフのおねぇさんに先導されてぞろぞろと飛行機に向かい、ほんの数段のステップを上がって機内の中に。重さを合わせるためにチェックイン時に各自の体重もしっかり量られており、「あなたは○番、そっちのあなたは○番」と席の指定も受けている。

機内写真が右のもので、小さな衝立のすぐ向こうに機長の姿もばっちり見える。ジュースのサービスなどはなく、「耳が痛くなったらこれ舐めてね」とばかりにチョコキャンディーが皆に数個ずつ配られた。冷房もなし。外気より蒸し暑い機内は飛行中は外気温の低下につられて機内もうっすら涼しくなったが、上空に行くまでと降りてからは蒸し風呂のような暑さだ。大型機と違ってすごくガソリン臭い機内の居心地は……あんまり良くはない。

小さな飛行機は「ひぃ」と小さな悲鳴をあげたくなるほど、途中でガクガクと頼りなく揺れた。この便に乗ったのは、私たちと別のホテルに向かったらしい欧米人らしき3人の家族連れと、おばちゃん1人、おっちゃん1人。操縦士等を含めて確か11人が乗っていたと思う。乗っていたのは1時間ちょっとだけれど、楽しさ半分、恐怖半分の小さな飛行機にほんのり寿命が縮まった。。息子は楽しそうに外の風景を眺めつつ、いつのまにかぐっすり眠ってしまっていた。
photo

そして無事に到着したブスアンガ空港。小さな建物が2つくっついただけの、建物の1つにはガラス窓すらなく網状の柵があるだけの簡素な空港に着いた。滑走路も半分は無舗装。シューッと降り立った後、ほどなくして「ドガガガッガガッ」と不穏な音を立てつつ砂煙をたてて飛行機は止まった。

建物に入ってすぐに笑顔と共に出迎えてくれたのは、ホテルの名前がプリントされた黄色のTシャツを着た、"お客様担当"のNさん。名前を確認し、帰りの飛行機などの確認をした後に白い歯を見せてニカッと笑い、他のスタッフと共に私たちの荷物をジープニーに運んでくれ、「こっちに乗ってね」と指示される。2台来ていたジープニー(ジープニーは、ジープを改造した乗り合いバス。ベンチ状の席に向かい合わせに座るようになっているのだけれど、天井はかなり低い。屋根にも荷物を載せたりする)のうち1台は私たちを乗せて出発し、もう1台はもう1組の家族連れを乗せて別方向に走って行った。
これがジープニー

ジープニーは窓はあるけれど、窓ガラスはない。背の低い子供などは窓から飛び出してしまいそうな怖さがあって、しかも走るのは無舗装の山道だ。草原を越え林を抜け、雑草生い茂る道をえんえんと進み、途中には2つ3つの村も通過した。

竹で編んだような壁の、石もガラスも使われていない簡素な住居や痩せた犬、家の周りにいるニワトリやブタ。収穫を待つばかりといった感じの田んぼもあったし、学校も見た。日本の田舎町を見るような「素朴さ」ではなく、正直なところ「貧しさ」を感じる村々は、それでもマニラのスラム街より遙かに良い暮らしなのであるらしい。

帰りの飛行機の中から見えたマニラ空港近くのエリアは、見渡す限り茶色く錆びて汚れたようなトタン屋根ばかりで、崩れそうな小さな建物がお互いがお互いを支えて建っているような感じ。そのエリア中至るところ道路や屋根の上にタイヤが置かれていた。2005年6月のデータによると、マニラの法定最低賃金は1日当たり4.2ドルだということで、それを思うと空港で海外からの観光客の荷物を半ば無理矢理運んでは「チップチップ」と手を差し出してくる輩の多さに納得もできる。
この船に乗りますよー

ただ綺麗というだけじゃない景色を眺めつつ45分、船着き場に到着した。周囲には別の島もすぐ近くに迫ってきていて、ここは海なのか川なのか河口なのかわからない場所だ。船の両側に"浮き"がついているような形状の「バンカーボート」が迎えに来ていて、スタッフがどかどかと私たちの荷物と、マニラから同じ飛行機で空輸してきたらしい生鮮食料品の籠を船に積み込んだ。

スタッフNさんがクーラーボックスの中から冷たい紙パック入りマンゴージュースを取り出して手渡してくれ、あとは薄紙に包んだ厚切りパンの卵チーズサンドも1人1個ずつ。その「おやつ」を食べながら船で移動すること15分、午後1時過ぎにやっと私たちは目的地のClub Paradiseに到着したのだった。マニラを飛び立ってからは2時間だけれど、ホテルを出てから4時間半だ。この便で到着したのは、私たちだけのよう。

おいでませクラブパラダイス

レストランから見える風景。奥には乗ってきた船が

砂浜に舳先を突っ込むように泊まった船から白い砂浜に降り立ち、そのまま目の前の建物に。木陰に並べられたテーブルの上にはウェルカムドリンクの赤いジュース(チェリージュース……かな?)が並べられ、そしてテーブル向こうにはホテルのスタッフが7人ほど集まっていて、到着した私たち4人のために「おいでませクラブパラダイスへ」的ウェルカムソングを歌ってくれた。フロントやレストランのスタッフを中心に、でもギターを弾くおっちゃんと、よく通る声の背の高いおねぇちゃんはすごく歌が上手。彼らは「歌うたい」専門の方たちだったようで、「ジョニーとマリア」のその2人はそれから毎晩、ディナータイムにレストランに登場してはいろいろな歌を披露してくれるのだった。

「今すぐにランチにしますか?それとも一度部屋に行かれますか?」
などというやりとりがあり、とりあえずは貴重品をまとめてフロントに預けたりした方が良かろうと、部屋に案内してもらうことにする。
私たちのコテージ!

島の全景はこんな感じ
船で到着したのはマップで言うとレストラン棟のすぐ下の海岸で、フロントはプールの脇にある「Club House」の中にある。プールから左手に並ぶのが「Beachfront Cottage」で、その前に広がるのがメインビーチの「Sunset Beach」。私たちはこちらの側の15号室、16号室をあてがわれた。レストランから歩いて300mくらいはあるだろうか。それなりの距離があったけれど、それゆえにとても静か。木が生い茂り花が咲く道を毎日てくてく歩くのも気分が良かった。

階段4段を上って入る、テラスつきのこの建物が宿泊したデラックスコテージ。テラスには籠でできたハンモックが吊されていて、籐製の椅子とテーブルも置かれている。きちんと作られている建物ではあるのだけれど、それなりに隙間があるようで、板張りの床とか白い壁と柱の境目あたりから外の明かりがうっすら透けて見えたりして、ヤモリや虫たちのそれなりの侵入がある部屋だったりした。
ここで足を洗います

このコテージに限らず、どの部屋もそんな感じであるらしく、母も滞在中、
「な、なんかチョロチョロしたのが壁伝って行ったの……あ、あと、ベッドの横の壺で何かがゴソゴソ言ってるの……」
と何度か脅えた声を出していた。……気にしない気にしない。

各コテージの入り口脇には左のような水桶。
綺麗に花が浮かべられていて「……飾り?」と当初思ったのだけれど、これはどうやら「足洗い場」。

形状を変えながら、レストランの入り口そばとか、砂浜とプールサイドの境目だとかに花を浮かべた水桶がホテル中のあちこちに置かれているのだった。コテージから数メートルも歩くと砂浜になるし、プールの近くもレストランの近くもすぐに砂浜。ちょっと歩くとすぐに足が砂まみれになってしまうので、この桶に足を突っ込んでじゃぶじゃぶと砂を落とさなければいけないのだった。
親子3人で寝るにはちと狭い……

コテージ内部は、15畳ほどの広さの板張りの部屋と、バスルーム、そして2畳分くらいはあったクローゼットという構成になっている。

入ってすぐ正面にキングサイズのベッドが1つあり、ベッドの上にはハイビスカスと木の枝を飾った盆が置かれていた。ベッドの手前、入り口入って左側に応接セット。テラスにつながる窓の前にシンプルな椅子とテーブルが並べられている。

クローゼットの脇の棚の上には水の入ったポットと、コーヒー紅茶のセット(でもお湯はなし)、そしてその棚の下に小さな冷蔵庫。冷蔵庫の中には1缶$1.5ほどの価格設定ののソフトドリンクの350ml缶や水のペットボトル(これも有料)、ビール缶などが詰まっていた。

「デラックスコテージ」ではあるけれど、バスタブはなくシャワーのみ。そのシャワーも、ソーラーシステムで沸かしているとのことで、雨季という今の季節が悪いのか、はたまたレストラン棟から遠く離れた立地がよろしくなかったのか、「ほとんど水」もしくは「ぎりぎりぬるま湯と言っても良いくらい」の温度のものしか出なかった。
「真水は貴重なものなので大切に使ってねー」とバスルームに注意書きがあるのだけれど、3分くらいシャワーを出しっぱなしにしておいてようよう「お、シャワーの水温が2℃上がったかな?」というような感じ。

滞在後半の頃はもう諦めて、冷たいシャワーをばしゃばしゃと浴びまくっていた私だった。
雨季と言っても最低気温は25℃、昼間の気温は34℃というような毎日なので、特に「あー、あっつい風呂に入りたいなぁ!」と思うこともなかったのだけれども。
簡素な応接セット

とりあえず、急ぎ荷物を置いて貴重品をひとつの袋にまとめ(コテージ内に金庫などは置かれてなかった)、フロントに預けがてら昼食を摂りに。もう2時になろうという時間で、ブッフェ台の上はちょっとばかり寂しい状態になっていた。

フィリピンのビールといえば、「San Miguel」(サンミゲール)。アジアが誇る人気の銘柄で、香港でも台湾でもがぶがぶ飲んでいた記憶がある。日本以外で飲むビールはどこでもたいてい安い(というか日本のビールが高すぎる……)ものだけれど、フィリピンで飲むフィリピンビールの安さときたら!……というわけで、このリゾートホテル内で飲んでも1本(缶ではなくて瓶、容量は320ml)$1.65というお安さだったりするので、昼からビールを飲んでいる私。

ブッフェ台の上にはサモサのような揚げものや蒸し野菜、炒飯、マグロのスモークなどが並んでいて、嬉しいことに「Roast Duck al Orange」なるアヒルの丸焼きはごっそり大きな塊で残っていた。胸肉あたりはしっかりなくなっていたけれど(欧米人は胸肉がお好き……)、足肉はたっぷりと。わーいわーいモモだわ♪と、足を1本ぶちっとちぎって持ってきて、昼からわしわしとしっかり食べてしまったのだった。吹き抜けのレストランには冷房はなく、じわっと汗が出てくるのだけれど、その空気の中でのビールはまた格別の味。

クラブパラダイスについて

当初、滞在をこのホテルに決めた時に「設備は?」「子供連れでも楽しめる?」「御飯の内容は?」などという事を知るにあたって、検索してみつけた他の方々の旅行記がすごく参考になったので私もまとめてみようかな、と。

ホテル内の設備

船着き場正面にあるのがレストラン棟で、ここで朝食から夕食までの全てが賄われる。3食ブッフェだけれど内容はそれなりにバラエティに富んでいる。フロント機能はプール脇の建物に。フロント棟にはライブラリーもあり、諸々の本(旅行客が置いていったものらしき日本語の本もそれなりに)は部屋に持ち帰って読むことも可能。同じ棟内にはビリヤード台1つと卓球台1つも。こちらも空いていれば自由に使える。小さなバーもあり、プールサイドにシェイクやフレッシュジュース、ビールなどをここから持ってきてくれる。

プールサイドにはタオルやシュノーケルセットなどを貸してくれるカウンターや、ダイビング機材を置くコーナー、あとは小さなショップもある。パラワン島のロゴ入りのおみやげものなどが買え、ホテルメイドのクッキーなどはオーダーがあってからレストランで焼いて包んでくれる。
ビーチフロントコテージへ向かう小道沿いにはスパが。利用客は……今回の旅行では、あんまりいないように見えた。

プールは、海岸と同じような勾配のついた水深30cmから2mほどの深さのもの。15m×20m程度のサイズでさほど広くはなく、スキューバーダイビングの練習用にも使われている、ほんのり塩気のある水だ。周囲は砂浜だらけなので、海遊びやシュノーケリングはそのへんで、もうご自由にの世界。船着き場近辺だけ目印のブイが浮いていて、範囲内の侵入お断り、となっている。

そして島の中央は山。小さな池もあって鹿や鷹を見ることができるらしい。今回は数日前の台風の余波と雨季の雨のせいでラグーンまわりがすっかり沼のようになっていたので散策はしなかった。

コテージ内の設備

ベッドと応接セット、クローゼットの他はトイレとシャワー(バスタブなし、湯の出はそこそこ、温度はいまいち……)、冷蔵庫、あとはドライヤー、お茶セットくらい。時計はなく、モーニングコールが必要な場合にはスタッフがわざわざ部屋まで起こしに来てくれる。テレビもない、外線に繋がる電話もない。

私は仕事上E-Mailのやりとりが必須なのだけれど、この島は無線で本土のオフィスなどと連絡を取り合っているのだということだ。部屋からインターネット接続なんてとても無理〜。

部屋に湯沸かしポットもないので、お茶を飲みたい時には「お湯をください」とリクエストするか、あるいは湯沸かしポットそのものを借してもらう必要がある。
トイレットペーパーは滞りなくきちんと補給され(フィリピンはペーパーをトイレに流しちゃいけないらしい……けど、リゾート内にその手の説明書きなどはなかったように思う。トイレ脇に大きな蓋つきくずかごが置かれていた)、大小のタオルも同様。シャンプー類は壁に固定されたディスペンサーの中に詰められている。

食事

場所柄か、問答無用で3食ブッフェ。宿泊費には宿泊日数×3食分の食事代が既に含まれている。10/6から4泊する私たちは到着日の昼食から出発日の朝食までをホテルで摂ることができるのだ。飲み物は、基本的に有料。ホットのコーヒー紅茶、朝食のブッフェ台にあるジュースは無料となり、他はアイスコーヒー、アイスティーも有料となる。コカコーラなどのソフトドリンクは$1.5なのに、ビール(サンミゲール320ml)が$1.65しかしないということで、何かとビールが飲みたくなる。

ブッフェと言っても長期滞在客の事も考慮して献立は工夫されており、そしてありがたいことに、「ブッフェ台に乗っていないもので食べたいものがあったら遠慮せずリクエストしてください。できるだけご希望に添うようにしてみます」というメッセージがコテージ内の案内ペーパーに書いてあった。この申し出に甘えて、毎日のようにパスタを茹でてもらっていた息子だ。

献立は、スペイン風洋食に、エスニック系、中華料理など様々。辛すぎるもの、酸っぱすぎるものなどはなくて食べやすいものばかり。毎食御飯(Steamed Rice)は必ず出てくるけれど、タイ米なので苦手な人は苦手かも。そのほかにパンも毎食ブッフェ台に並べられる。常にあるのはピクルス類とキムチ、ハムやチーズ、2種類ほどの果物。朝食はソーセージやハムなどの肉類と卵料理、昼食と夕食にはちょっと重めの肉料理と魚料理、デザート2種類ほども並べられる。「日本人が来たぞー」ということからか、滞在中は「巻き寿司」なんてものまで出た。この具がねぇ、もう笑っちゃうようなもので……シェフ、どうもありがとう。

支払い

防犯の観点からも、大金を持っての旅行は避けるべき……ということで、当然クレジットカード支払いが可能。
私たちはマニラを出発する日にマニラの空港で国内線チケットをもらって「国内線往復料金+リゾート滞在料金」をカード決済で支払った。そして滞在中に発生した費用はチェックアウト時にホテルでカード精算。

帰国時に支払う必要があるのは
・滞在中のドリンク代
・スパ利用費、アクティビティ参加費、売店での買い物

滞在客

このホテルはドイツ企業の資本で、それゆえドイツ人のお客さんが多いらしい。実際、今回もドイツ人の男性グループ客や家族連れを何組も見かけた。ホテルの人の話によると、ドイツ人の他にはフィリピン人、韓国人(ハネムーナーが多いらしい)、そして日本人が割合としては多いそうで。

「日本人は久しぶりです、1ヶ月ぶりに日本語を話しました!」とスタッフ中唯一の日本人のダイビングインストラクターMさんがおっしゃっていたとおり、滞在中に他の日本人の姿は見かけず。8月は日本人もたくさんやってきたということだった。
子供連れはけっこう多い。滞在客の少ない時期だったけれど、子供の姿は常にあった。だんなは白皙の美少年(ドイツ人!)とビリヤードをしてみたり。

天気

この地域は10月の今が雨季。ベストシーズン(乾季)は11月から5月頃までで、クリスマスシーズンからお正月あたりに来るのが本当は良いみたい。その分お客も増えるので、あえて雨季にやってきて静かなリゾートでのんびりする人もいるようだ。

雨季と言っても南国特有の「夕方に盛大なスコール」程度のものかと思っていたのだけれど、なかなかどうしてしっかりと曇る日もそれなりに。
1日目:薄曇り、午後は日差しが
2日目:ほんのり雲が出つつも1日晴天
3日目:午前中はスコールまじりの荒れ模様、午後は薄曇り
4日目:午前中は晴天、午後はどんより肌寒く
といった天気で、今回の旅行は「雲一つない晴天」というほどの晴れ模様はあまり見られなかったものの、それでも日焼け止めは必須(SPF50を毎日塗っても焼き豚色よ)。気温は毎日30度前後で、これが乾季になるともっともっと暑くなるらしい。ホテルのスタッフ曰く、「プールがね、プールじゃないです、お風呂になります」というくらい。

ただ、このシーズンに恐怖すべきは「台風」。低気圧が居座ると毎日うんざりするほどの雨が続き、台風になると飛行機も飛ばなくなる。この旅行の1週間ほど前に台風がマニラを直撃したのだけれど、
「あの台風は……大変でしたね。ブスアンガまではなんとか行けても、国際線も国内線も飛行機は欠航で、そのままホテルに逆戻り。韓国人のハネムーナーが2日続けてそんな目に遭ってました」
とのことだ。帰る日が2日延びたばかりでなく、荒れた海と悪路を移動して空港まで2往復……考えるのもちょっとイヤ……。

虫対策

日本にいて蚊に刺されやすい人は、同様の対策が必要。
緑の豊かな島なので、それなりに蚊はいる。蝶もいる。ただ、蛾や毛虫の類はほとんど見なかった。ムカデのような黒光りする虫が1回だけ部屋の中を歩いていて「ひぃ」となったけれど、基本的に悩まされるのは蚊の存在、ということになる。レストラン棟から少し離れたコテージだったこともあって、夕食時にはたいてい虫除けスプレーをかけてから食事に向かうようにしていたのだけれど、母がたいそう蚊に喰われまくって可哀想なことになっていた。虫さされ後対策にキンカンなどもあるときっと便利。キンカン最強。

また、後述するけれど、コウモリや爬虫類を目にするだけで鳥肌が立ってしまうようなコウモリ嫌い、爬虫類嫌いの人にはつらい島かもしれません。

治安

そして最後に治安の問題。
このリゾートがあるのはフィリピンで、フィリピンは東南アジアの中でも治安が良いとは言えない国。2006年10月の旅行出発直前の状況では、マニラが「十分注意してください」、そしてクラブパラダイスがある「パラワン州最北部」も「十分注意してください」の勧告が日本政府より出ていた。でも、最北部を除くパラワン州とミンダナオ地域の多くの部分が「渡航の是非を検討してください」と、かなり強めの勧告が。かの国ではイスラム系反政府勢力や共産系反政府勢力が活動していて、ミンダナオでは現在進行形で頻繁な爆弾テロが発生している。「あんまり治安が良い国じゃないらしいねぇ」くらいの感覚で行き先を決めてしまったのだけれど、後にこの治安情報を見て不安になったというのが正直なところ。

とは言うものの、高級リゾートが多く点在するパラワン州最北部は近くに天然ガス田が存在するという理由からフィリピン国軍が厳重な警戒をしており、更にリゾート自体が国軍、国家警察などと強力しつつ独自の安全策を取っているということだ。外務省からのお知らせも「これら地域(パラワン最北部)への渡航に際しては、十分に信頼できる旅行エージェントを選ぶとともに、現地の治安情報に注意を払う等により、不測の事態に巻き込まれないよう十分注意してください。」という程度になっている。

だんなは実際、島を守る警備員とすれ違ったらしい。ホテルスタッフと談笑しながら歩いてきた1人の男の背にはライフルがかけられていて、「あ、宿泊客だ」と気づいた彼はライフルをだんなから見えない方向にスッと隠してすれ違ったのだそうだ。見えないように工夫されつつ、でも島は警備員の手で厳重に守られていたらしい。

問題はマニラでの乗り換えだ。空港こそ治安が心配な場所で、国際線国内線間の移動がもっとも緊張するポイントだった。行きは国際線空港→ホテルの車の送迎でホテルへ→ホテルの車の送迎で国内線空港へという流れで安心できたのだけれど、帰国の際は自分でなんとかしなければならない。

1日目ディナーはモンゴリアンバーベキュー

治安がよろしくはないマニラを動き回った昨日からの移動で、だんなはすっかりお疲れ気味。午後は冷房の効いたコテージのベッドに倒れ、なんとも贅沢な昼寝に突入してしまったのだった。逆に息子はもう
「いつ水着着るの?もう着てもいいの?」
と、遊びたくて仕方がない様子。じゃあ軽くプールで遊ぼうかと、さっそく水着をスーツケースから取り出して、ビーチサンダルペタペタいわしてプールサイドに向かってみた。数時間全力で水遊び。母も途中で現れ、母は海岸を歩いて綺麗な貝がらを拾っていたりした。

薄曇りながら、じわ〜っと蒸し暑い空気。湿気もあって、水遊びにはとても気持ちよい空気だった。
息子がとにかく大喜びな様子でプールで遊びまくり、ひたすら私もつきあっていたのだけれど、2時間ほどして
「お願いしますもう帰らせてください、私もう明日動けなくなります」
という状態になってその旨息子に告げ、ふらふらになってコテージに帰還。なにも初日からこんなに全力で遊ばなくても。
モンゴリアンバーベキューコーナー

そして、しばし休んでからディナータイム。
昼間はさんさんと明るいレストラン棟も、夜になるとぐっとシックな雰囲気になる。各テーブルにキャンドルが置かれ、布製ナプキンなどもちゃんと用意されていたりして。お客さんも、お洒落してきている人がちらちらと(そしてTシャツ短パン姿の人もちらちらと)。

今日のディナーのメインディッシュは「モンゴリアンバーベキュー」だった。
常設ブッフェ台と少し離れた場所に用意されたテーブルには、豚肉鶏肉、イカ、各種野菜(キャベツ、白菜、葱、にんじん、セロリ、パプリカなどなど)、そしてビーフン、中華麺が並べられている。お客は脇に積まれた平皿に好みの食材を好みの分量盛りつけて、写真右側に写る容器に入る3種類のタレから好みのものを選び、具材をそのタレで炒めてもらうのだ。たれはジンジャーオイスター、醤油(サンバル的な甘みのあるトロリとしたもの)、チリソース。

「俺はやっぱりジンジャーオイスターかなー……そば入りで」
「じゃあ私は野菜多めのビーフン炒めかなー」
楽しいねぇと、好みの材料色々盛りつけて、好みのアツアツ炒め物をおかずにしての夕御飯。ブッフェと言ってもこういうスタイルなら大歓迎だ。だんなは興に乗って、「御飯持ってきたら、炒めてくれる?」と交渉して、炒飯を作ってもらったりもしていた。

私は豚肉と野菜の醤油味炒め、ビーフン入り。トッピングに揚げにんにくも散らされて、ビールに似合う異国の味の炒め物になっている。国産ビールのサンミゲールにすんばらしく良く似合って、ついついビールをお代わりしつつ平らげた。

ブッフェ台の上には、英語で「料理がなくなっちゃったら、スタッフに伝えてね、すぐにあったかいの作ってくるからね」と説明があり、それとはまた別に、ブッフェ台に置かれていなくて食べたいものがあったら可能な限り対応してくれるとのこと。こちらからは何も告げていなかったのだけれど、レストランスタッフが息子の元にすすすと近寄ってきて、
「何か作りましょうか?スパゲッティとかは?」
と聞きに来てくれた。チーズのスパゲティは作れますか?とお願いしてみたところ、「Sure♪」と快い返事の後、息子の前にやってきたのはバター和えのパスタのパルミジャーノかけ。危険なほどに息子のツボに入ってしまったこの料理は、これから毎晩のように作ってもらうことになるのだった。息子ー、ちゃんと肉や魚や野菜や果物も食べてくれー……と、滞在後半は「パスタ以外の料理も、ちゃんと1皿分持ってきて食べるように」という約束が交わされた。

ブッフェ台にはビーフシチューなどもあったのだけれど、今日のメインはモンゴリアンバーベキューだしねと、レモングラスソースのローストチキンを1切れ囓る程度にとどめてみる。あとはサラダコーナーからグリーンサラダと海ぶどうのサラダ、ハムにチーズに焼売、軽く御飯(タイ米を使ったSteamed Rice)を。そして「今日のスープ」(日替わりでディナータイムに毎回出てくるものらしい)は「じゃがいもとポロねぎのスープ」。優しい味のポタージュスープだ。

そして、デザートは2種類。ランチタイムとディナータイムにはクッキー、ケーキ、ババロア類などのデザートがたいてい2種類は出てくるようだ。今日のお菓子は「ミルクプリン(Leche Fran)」、苺を乗せたベイクドチーズケーキ。プリンは、コンデンスミルクの味が濃厚に漂う甘い甘い幸せな味のものだった。

シメに甘いものもしっかり平らげ、そして一気に眠くなる。
今日は移動と水遊び諸々でとにかく疲れ果ててしまって、コテージに帰ってきたのはまだ9時前だったというのに倒れるようにベッドに倒れる一同だった。息子も、なんというか「燃え尽きた」という感じ。明日からまた目一杯遊ぶことにしよう。