修理して修理して今日も乗る

これが救世主P.K.

地下鉄網が発達している都市部ならともかく、田舎町となると、とにかく車が必需品だ。
我が家の最寄りのスーパーマーケットは車で5分ほどと比較的近くにあるけれど、それでも歩いて行くとなると15分くらいかかるんじゃないかと思われる。徒歩で行けたとしても、4リットルパックの牛乳なぞを抱えて帰るのは不可能に近い。ごくごくごくごく稀に歩きか自転車で買い物に来る人もいないではないけれど、そういう人は「お昼に食べるサラダが欲しいのよねー」「歩きながら飲む水が1本欲しいのよねー」といった風情でふらりと少量の買い物をして去っていくだけだ。

だから、誰しもが車を運転して移動する。私たちが住む住宅を管理している82歳のおばあちゃんも、白くてゴツいアメ車に乗り込んで買い物などにぶいぶい出かけて行っている。車の需要がものすごく高い社会なので、中古車市場も活発。おっそろしく古めかしい車も平気で高速道路を時速80マイルで走っている。日本で言う「そろそろ車検の時期だし、車、買い換えちゃおうか」などという思想には今ひとつ結びつかないアメリカの車事情だった。ボロ車でも気にならないというか、ボロ車が勲章というか、1万マイル走った車なんてまだまだ"若僧"の部類で5万マイル走っていてもまだまだ普通、10万マイル走り続けている長老カーもそれほど珍しい存在ではなかったりする。ちなみに2万5千マイルで地球一周の距離だ。

どこかにぶつけたのだろう、後ろのナンバープレート付近がひしゃげている車はあたりまえ。ブレーキランプがつかない車もいるし、窓ガラスが全部割れていて、雨の日にビニール袋をガムテープで固定して走っている車(しかも高速道路を大疾走)なんてのもいる。不調が起こってもあたりまえのことで、我が家も前任者から5000ドルで引き継いだ車を、手入れして手入れして走らせている。渡米直後、慣れない左ハンドルに困惑しきりだった頃に右後輪をパンクさせ、その3ヶ月後にはオルタネーター(発電器)が故障した。高速道路上で点灯しないはずのメーター部分が突然点灯し、「なんかヤバイ」と慌てて整備工場に持っていったところ「もう少しで動かなくなるところだった」とそれを交換すること。留学生仲間もブレーキランプがおかしいだのバッテリーがおかしくなっただのとちょこちょこトラブルを抱えている。

私たちが全面的にお世話になっている自動車整備工場の名は「P.K. Imports」という。
しかめっ面の、サムというタイ人のおっちゃんが経営している小さな整備工場だ。留学生仲間は皆、何かあるとここに車を持ち込んでいる。トラブルがあったときは勿論、定期的に行わなければならないオイル交換だとか、長距離旅行の前の整備だとか、何かと顔を見せていた。
「あの部分は確かにちょっと不安なところもあるけど、交換するとなるとすごく費用がかさむよ。今はもう少し様子を見ておく、でも良いと思うけど、どうする?」
と、ぼったくろうとせずに真摯に車を見てくれる姿勢が皆気に入ってるらしい。腕も確かのようだ。諸々の費用も、比較的安い。

夫のしばらく前の代の留学生がかつて、この町近郊の高速道路上でトラブルに見舞われたそうだ。突如ボンネットから白い煙が吹き上がり、男は泣きそうになりながらそろそろと高速道路から降り、目の前にあったガソリンストアにとにかく車を突っ込んだ。白い煙の発生元はラジエーターだったらしい。が、ところによっては自動車整備の設備を整えていることもあるガソリンスタンドは、しかしそこにはそういった設備は整えられていなかった。もうレッカー車を呼ぶしかないか……そう思いつつ呆然と目の前の道路を見やる男。その視界の端にたまたま入ってきたある車には、見慣れた男が乗っていた。サムだ。P.K.のサムだ。タイ人のサムだ。男は叫んだ。頼むから聞こえてくれ、と大声で叫んだ。
「ピーーケーイッ!」

「"サーム!"って呼んだんじゃないんだ?」
「うん、声の限り"PK!"って叫んだらしいよ」
と、話を聞いてきた夫はにやにやしながら教えてくれた。驚いただろうなぁ、サム。

ともあれ、男の前にはめでたく気が付いてくれたサムの車がやってきた。どうした?とボンネットを開けてなにやらごそごそやっていたサムは、
「いいか、俺の車の後ろをゆっくりゆっくりついてこい。無理はしないように」
と、ゆっくり自分の車を走らせて自らの整備工場"PK"への道を進み始めたのだそうだ。必死の形相でぴったりと後を追う、白煙吹き上げた車を運転する男。なんでもサムの車には彼の小さな息子か娘が乗っていたそうで、彼(彼女?)は父に向かって
「あの人、あんなにぴったりお父さんの車にくっついて走ってるけど、そんなにお父さんのことが好きなの?」
と聞いてきたのだとか。
PKからは100マイルも離れたところで運良くサムを捕まえられた男。留学生仲間の間で小さな伝説になっている。

幸い我が家は"白煙吹き上げ"なんて事態にはなっていないけれど、車が酷使されていることは間違いない。ニューヨークを往復し、ニューオーリンズを往復し、アトランタを往復した。引き継いだ時に"77361"だった走行距離メーターは、現在"86665"。地球一周とはいかなさそうだけれど、1万マイルは軽く突破できそうだ。