やっぱり狭かった風呂場

アメリカの一般家庭のバスルームといえば、日本人にとってもホテルやワンルームマンションなどですっかりお馴染みのユニットバス、これが当然基本である。我が家のバスルームも、大変ささやかな可愛らしいものだった。3畳ほどの空間の、奥1畳分がバス、その手前にトイレ、更に手前にシンクという形だ。扉つきの収納スペースがあり、一応あれこれと収納できる。浴槽のスペースは、一応足を伸ばして座れるくらい、だろうか。深さはさほどなく、首まですっぽり湯につかるというのは不可能だ。

住む家を決める際、その家についての要望事項がほとんどなかった私だったけれど、ただひとつ、「これだけは譲れない」というものがあった。それがお風呂。
「お風呂にシャワー、ついているじゃないですか。あれが上に固定されているやつ、それだけはいただけません」
というものだった。

日本のホテルやワンルームマンションなどでは、洋式のユニットバスであってもお湯がだばだば出てくる蛇口の他に、長いホースつきのシャワーが設置されているところがほとんどだと思う。
が、海外のホテルでは、上に固定されて動かすことのできないシャワーに遭遇する確率がものすごく高かった。あれは大変使いづらい。あんなシャワーじゃ、全くもって洗った実感が沸かない。しかも、そのシャワーからの出る湯の量は悲しくなるほど少ないこともあったりする。

そのような入浴設備に子供の頃から慣れ親しんでいる欧米人なら何とも思わないのかもしれないが、我々は大和民族なのである。広い浴槽、広い洗い場をもって快適とする私たちは、「湯につかる前にはかけ湯をしなさい」と教えられて育っている。特に股間は念入りに洗いなさいよ、と教えられているのだ。
だが、上からショボショボ降ってくるようなシャワーじゃ、頭はともかく身体の下方にある部位は全くもって洗えない。

浴槽に湯を溜めた後に、そこに浸かりつつ洗えとでも言うのだろうか。それは大和民族の魂がイヤンイヤンと拒否をする。洗ってもいない身体を湯に浸すのはどうにも抵抗がある。私はいつも、湯に浸かりたい時には頭も身体もすっかり洗った後におもむろに浴槽内に座り込み湯を溜め始め、しばし座して待ち続けた後に湯に浸かっていた。そうして湯に浸かるのは快感だけれど、"身体の下方にある部位を快適に洗うには"という解決にはなっていない。洋式のバスルームでの入浴は、やはり少なからぬ苦痛が伴うものだった。せめて、せめてシャワーが自在に動くものだったらなぁ。

「だからね、壁に固定されたシャワーはイヤなんです」
と家を決める際に唯一のリクエストとして研究所のスタッフMさんに相談してみた。
「隨分ささやかな希望なのねぇ」
と、笑われた。そんなもの、家を借りてしまってからシャワーヘッドとっかえちゃえば良いのよ、とカラカラ笑いながら教えられた。
そ、そうか、賃貸の家でもそうしちゃえば良いのか!と目から鱗を落としている私。

けっこう使いやすいです果たして、借りた家のシャワーヘッドは悪い予想どおりにショボショボ系固定シャワーだった。「塩や醤油と同等にシャワーヘッドは必要だ」とばかりにDIYショップに速攻赴いた我が家。長いホースつきシャワーヘッドはそれなりに需要があるようで、マッサージヘッドだの何だのと種類も豊富だった。レンチ1本あれば簡単に取り替えられた。めでたしめでたし。快適快適。

しかし、洋式バスルームにはまだまだ様々な問題が存在していた。
まずひとつ。シャンプーなどを置けるスペースが、ない。

何しろ狭い空間であり、気の利いた収納スペースがない。浴槽周辺に置けるものと言えば石鹸とタオルくらい。しかも、スーパーマーケットに売られている安売りのシャンプーやリンスときたらやたらめったら巨大なのである。シャワーヘッドのフックにひっかけられるタイプのラックもあったので買ってきたけど、巨大ボトルはそんなものには入らなかった。小洒落た陶器のポンプ容器を買ってきて詰め替えてみたけど、その重さにすら耐えられなくてラックがゆがんだ。しかも、シャンプー類の粘度が高めなのでポンプを押しても内容物が今ひとつ出てこない。もう大変。

そして最終的に辿り着いたのがケチャップやドレッシングなどを入れるためのプラスチック容器。バスグッズコーナーではなく、調理器具コーナーでみつけてきた。軽い上にたっぷり入る。しかも、出しやすい。
青いジェル状のバスソープと、ココナッツの匂いのシャンプーとリンスをそれぞれ詰め込み、「B」「S」「R」とシールを貼った。かなーり良い感じ。頭や体を洗う時、微妙に"ホットドッグにケチャップをかけている"的な気分になるけど、それもまぁ、悪くない。

アメリカのボディーソープは、謎に感じてしまうほど、どれもこれもニロニロした肌触りだ。キュキュキュっと油っけが抜けた感じに洗い上がるのが私の好みなのだけど、そういうボディソープは全然見つからない。
「そうかー、保湿系ボディーソープじゃないと肌が持たないのかもね」とアメリカの乾燥気候のすさまじさを悟ったのは、渡米後2ヶ月ほど経った頃だ。温暖湿潤気候に慣れている日本人にとっては、アメリカの(特に西部あたりの)乾燥っぷりはなかなかきついものがある。リップクリームを塗らずに外を歩くと、数日で見事に唇がパリパリに干からびひび割れてくるほどの湿度の低さを体験して、ニロニロ系ボディソープの存在意義がなんとなく理解できた。

季節移って、冬。
そろそろユニットバスでの入浴も慣れつつある頃だったけれど、留学生仲間が一斉に
「お湯がさ、すぐ水になっちゃうんだよね……」
と嘆きの会話を交わすようになった。温かい湯に浸ることがしみじみ幸せなことに感じられる寒い季節、しかし、バスタブに湯を張ることもできないほど湯量は少なかった。

各家庭、"ガス給湯器"なるものなどは存在しない。我が家はクローゼットにドラム缶サイズのボイラーがどでんと設置されており、電気で熱せられた湯がそこに溜まるようになっていた。シャワーで熱い湯をだばだば使えば、すぐに"打ち止め"になる。寒い冬には一層顕著に湯切れを起こす。我が家は1人が入浴すると次の1人は20分ほどは待たなければ湯が使えないというありさまだった。それでもシャワーで身体を洗うのがやっとという湯量だ。
狭く古い、家賃が低めの集合住宅だからそうなのかと思っていたのだけど、家賃2倍以上の広く綺麗なマンションに住む仲間も、全く同様のことに頭を抱えていた。子供がいるお宅では、"やっぱりお湯に浸からせてあげないと風邪ひいちゃうから"と毎晩毎晩鍋に湯を沸かして風呂場を往復し、入浴しているのだそうだ。

何もかもが日本より先を行っているアメリカなのかと思っていたのだけど、「全然そんなことないのかも……」と思い始めたのは、こんな身近な事からだった。