住処探し

アメリカに来た私たちがやらなきゃいけない最重要事項が「家探し」だった。
幸い、日本人スタッフMさんがいろいろ世話してくれるとはいえ、最終的に決めなきゃいけないのは自分たちだ。彼女に頼り切るのも自分たちのためにならん、と、英語にも南部訛にも慣れない状況のまま、あちこち動いた数日間だった。結局、家が決まるまでの3日間はホテル暮らしとなったが、スムーズに決着がついた方だと思う(人によっては1週間以上も家探しに奔走したり、または前任者からそのまま家を引き継いだりもしているから留学生仲間でも色々らしい)。

マーケットやショッピングモールの出入り口あたりには無料配布の冊子の類が置かれていて、その中に「APARTMENT GUIDE」なるものが何種類かある。州内の賃貸アパート情報が写真入りで載っている嬉しいもので、これを頼りに「部屋、見せてくれぇ」「貸してくれぇ」と動き回ったりする。あとは、「このへんに住みたい」とアタリをつけて、アパートが並ぶエリアを車で走り、「FOR RENT」の看板を探して回ってみたり。家でもアパートでも、けっこう「FOR RENT」「RENT」の看板はあちこちで見かけることができた。

「APARTMENT GUIDE」や、タウン誌の広告を見ると、家やマンションの外観写真は載っていても、間取り図が載っていることはあまりない。日本の「3LDK」に相当する表記は「3BR,2BA」などと書かれている。それは「3ベッドルーム、2バスルーム」を意味していて、他にキッチンとダイニング、リビングがついているのは当たり前ということで「LDK」なんて表現は使わないようだ。ワンルームマンションに相当するのもは「Studio」。
そういったものを眺めていると、どうやら「南向き陽当たり良好」とか「築○年」ということはあまり問題じゃないらしく、町からどのくらいの距離があるかとか、どんな設備がついているかとか、そういった情報の方が重要らしい。

そして、賃貸物件ならば「Furnished Room」と「Unfurnished Room」の2種類がある。前者は「家具つき」、後者は「家具なし」。
「家具なし」でも、台所にはガスコンロならぬ電気コンロと電気オーブン、巨大な冷蔵庫などはついている。我が家には、ウォークインクロゼットにおそろしく巨大な電気式のボイラーがついていて、そこから湯が供給されるようになっていた。設備の良いところだと、皿洗い機や洗濯機などもついている(でも普通、洗濯は共同のコインランドリーに行くようになっているところが多い)。台所とダイニング、バスルームには明かりがついていて、バスはもちろんユニットバス。冷暖房も完備だ。寝室にはウォークインクロゼットがついていて、棚やパイプは通っている。大体そんな感じだ。
そして「Furnished」になると、ダイニングセットからベッド、フロアライトやベッドサイドテーブルなど、大型家具がひととおり揃っている。だから当然家賃も高い。
「Furnished Room」はあまり数はないので、歴代の留学生は大体「Unfurnished」に住むことになる。だから代々引き継がれてきたダイニングテーブルセットだのソファーベッドだのベッドだのがあれこれと存在するのが有り難く、我が家の家具はほとんどが引継家具となり、重宝することになった。

アメリカ内でも地域によって色々だと思うけど、テネシー州においては「夫婦は1ベッドルームでいいけど、子供ができたらどんなに小さくても2ベッドルームの部屋に住まなければならない」という州法がある。別に私たち、2つもベッドルームはいらないのである。あってもせいぜい「客室」として使うかなー、というくらい。4歳の息子は、まだ川の字になって寝かせているのであった。日本の我が家は狭いのだ。慣れない地に来て早々、「子供は子供部屋で!」と言われても、それまでの習慣が異国の地で簡単に変えられるとも思えない。

これは我が家のダイニング&キッチン最初、「アパートってこんな感じ」というのを見せてもらいに、だんなの同僚Iさんのアパートを見せてもらいに行った。大学まで車で5分ほど、めちゃめちゃ快適な距離にあるVコンドミニアムというところは、だだっ広い敷地に16軒入りの建物が適度な間隔で20棟ほどが点在している、団地のようなところ。ただ、日本の団地みたいに等間隔、同じ向きにずらっと並んでいるわけではなく、てんでバラバラな方向を向いて建っている。しかも周囲は芝と大木に囲まれていて、森の中の住宅、という感さえある。

2軒の家が玄関を並べ、入ったところがすぐにリビングとなり、線対称な間取りになっている。同じものが2階にあり、2階の2軒には1つの共通階段がついている。そうした4軒のブロックが2つ横に並び、更に背中合わせに逆側も同じ作りになっている。表と裏に階段が2個ずつあることになり、そうして16軒が1棟に収まっている。当然、逆側の家と接しているところには窓はないので、角部屋でない限り、窓は入り口に面した側のみ、ということに。日本人としては「風の通りが……」とか「陽当たりとか……」なんてことを心配してしまうけど、こちらにはこういった作りのマンションがものすごく多いのだった。

新しい建物ではないので、設備などはかなり古め。その代わりに価格はめちゃめちゃ安いかった。$500強で貸してくれる部屋なんて、この近辺でもそうそうない。1ベッドルームなら$800前後、設備の良いところだったら軽く$1000はするこのあたりの住宅事情だ。

1ベッドルームしかないので州法にはひっかかるけど、どうもVコンドミニアムの管理人、82歳のラッカーおばちゃんが非常にアバウトな人で、そんな州法は無視して家族者にも貸してくれるという話。私はすっかりこの住宅が気に入っていた。さっそくラッカーおばさんに御相談。
「今、2つ空いているけどね、1つはまだ前住人から鍵が帰ってきてなくて、それは、鍵が帰ってきて掃除したら貸してあげられるよ。ただ、掃除に1日かかっちゃうから、早くても明後日以降の入居になるね。もう1つはねぇ……棟に子供が1人もいないから、御近所さんの環境とかねぇ……」
と、今ひとつ煮え切らない返事。とりあえず、「その鍵待ちの方、空いたら入るつもりでいます」と連絡して他の家も探しはじめた。

そうして動いている中、A教授のつてで、大学最寄りのあっちのコンドミニアムはどうだ、という紹介をいただいた。見せてもらった部屋は$900。Vコンドミニアムの倍額近くするだけあって、2ベッドルームの部屋は広々としており、バスルームも2つ。食器洗い機から洗濯機まで完備された、それはそれは快適そうな部屋だった。キッチンも広め。リビングの床までの窓を開け放つと、そこには煉瓦敷きの小さなテラスがついている。
「高いけど……ステキだなぁ」
「せっかくのアメリカ暮らし……ここにしようか……」
と心大きく傾く私たち。

だが、借りる意志をほとんど固めていたのに、いざ借りる段になってそこの管理人が
「電気や水道代込みにするとねぇ……このくらい貰わないと」とか、
「2ベッドルームだけどねぇ……家族さんにはちょっと狭いかもねぇ」とか、
色々といちゃもんをつけてきてふっかけてきた。家賃をつり上げようとしたのか、単に私たちを住まわせたくなかったのか、そのへんはわからない。

怒ったのは、影で尽力してくれていたA教授だ。
「わかった!もういい!」と、その$900の部屋をこちらから願い下げだ、と断ると、「一緒にいらっしゃい」と、先のVコンドミニアムのラッカーおばちゃんの元に、私たちと一緒に車でかけつけた。長年、A教授の研究所の多くの留学生を入居させてくれていたラッカーおばちゃんと、A教授はすっかりお馴染みさんであったらしい。
「かくかくしかじかで……2ベッドルームの部屋を"狭いだろう"と断られて……」
と顛末をラッカーおばちゃんに語るA教授。

そして、続いて怒ったのはラッカーおばちゃんだった。
「なんだって?狭いって断られた?意地悪なことするもんだねぇ。いいよいいよ、私の知り合いに貸そうと思っていた角部屋があるから、それを使うといいよ。もう今日から入れるから」
と、それまでの「鍵待ちがどうの」という話から一転、綺麗に整った陽当たりの良い角部屋があっさりと借りられることになったのだった。鍵待ちだった部屋は、周囲に緑は多いけど角部屋じゃなくてちょっと暗め。こちらは、門からも近く、何かと快適そうな環境の部屋だった。$900の部屋がコケたおかげで、結局最適なところに決まったみたい。家賃は$525で、予算を大幅に下回って、それだけでもとても満足だ。
ちなみに、敷金礼金といった慣習などもなく、入居にあたってはデポジットとして$200を払うだけで即日入居だ。すばらしい。

ラッカーおばちゃん、人によると「頑固で、魔女みたいで」とか、「昨日言ったことすぐ忘れるし」とか、「なんだか噛みつかれそう」とか、色々言われている人なのである。綺麗な白髪のおばちゃんは、確かにちょっとばかり魔女みたいな外見ではあった。……が、この方、だんなのおばあちゃんと同年代らしい。
「ラッカーさん、僕のおばあちゃんと同い年ですね」
とだんなが言ったところ、嬉しそうに孫の写真を取りだして見せてくれたのだそうだ。

「何か不都合はないかい?あったらすぐに私に言いなさいよ」
「あんたの息子、いい子だねぇ。いつもランドリーにお母さんと一緒に行っているよねぇ」
と、何かと気にかけてくれているらしい。おばあちゃんに散々可愛がられて育ってきただんなは、
「日本のばあちゃんから離れたと思ったら、"ここにもばあちゃんが!"って感じだよー」
と苦笑いしながら、「どこでもおばあちゃんっつーのは同じなんだなぁ」と言っていた。

そうして始まったアメリカ生活。
20畳ほどのLDKに、15畳ほどの寝室が1つ。そこそこ広いユニットバスに、ウォークインクロゼット。ベランダはなく、各家の前の空間がテラス兼庭という感じ。各家、椅子を置いてみたりガーデニングに凝ってみたりと、他人も通るスペースだけど好き勝手に楽しんでいる。こちらの住環境からすると、決して広くはない家だけど、私にとっては適度な広さだ。もう1部屋増えた時の掃除やら何やらの面倒さを思うと、これくらいが丁度いい。

そして、住宅群のちょうど中央、木々に囲まれた中には5m×20mほどのプールもあった。周囲にはずらりとデッキチェアが置かれ、水は毎朝綺麗にゴミを取り除かれて椅子も整えられている様子。
こちらの家、一軒家にも普通にプールがついている。集合住宅ならなおのこと、という感じに、プールつきじゃないマンションを探す方が大変なくらいだ。ところによってはテニスコートもついていたり子供用プールもあったり、と至れりつくせり。土地が余るほどある国ってすごいよなぁ、とつくづく思った家探しの数日間だった。

引越早々、隣家の一人暮らしのジュディさんと、そのまた隣のオーストラリア人夫妻ウィルさんとパメラさんとも知り合った。彼ら3人は、週末になると午前中、家の前のテラスでおしゃべりしている。今度、料理を教えあいましょうねー、なんて言っていて、隣人にも恵まれたなぁと楽しい思いをしているところだ。
そして私たちは、この家に住んで10ヶ月のアメリカ生活をこれから堪能することになる。
風呂場のシャワーとか、なかなか馴染めなかった電気コンロとか、分類もいらないゴミ捨てとか、いろいろ戸惑うこともあるけど、それはまた別のお話。

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これがプール。上から虫も葉っぱも降ってきますが、気にしちゃいけません。