プロレスを見に行こう

日本でゴールデンタイムにプロレスが放映されていたのは、確か私が小学生の頃だ。そういえばK-1の特別試合などがたまに放映されるのを見る以外、プロレスをテレビで見るなんてことは久しく体験していなかったっけ……と、アメリカに来てから思った私。
アメリカでは、毎週毎週(私たちの町では木曜日の午後7時から9時の2時間)プロレスが放映されている。元々プロレスが好きだった我が夫は
「アメリカンプロレスって……なんというかあまりにもパフォーマンスが多すぎて……こてこてで……」
と当初言っていたものの、そのうち毎週楽しみにテレビの前に陣取るようになった。私も最初は横目でちらちらと見ている程度だったけれど、見続けているとレスラーの名前や技の名前、その他諸々の背景がわかってきてしまう。こうなってくるとこれが案外面白いんです奥さん。

かつては複数の団体がしのぎを削っていたというアメリカンプロレスは、2003年現在WWE(Worle Wrestling Entertainment)という団体が独占状態でテレビ放映やイベントをとりもっている。ケーブルテレビに加入しなければ見られない番組もあるし、無料で見られるものもある。我が家が楽しみに見ているのは"Smack Down"という番組で、2003年2〜3月あたりは3月末に開かれる予定の大イベント(毎春に行われている年に一度の超ビッグイベント)"Wrestle Mania"の仕込みに大わらわという状況だった。

そう、アメリカンプロレスはこの"仕込み"というのがやたらと出てくる。しかも大がかりだ。プロレスの試合自体には関係ないはずなのに、ある女性Aの父親が別の女性Bと結婚して、結果として女性Bが父親を死なせることとなりAとBの遺恨対決が行われる!待て来週!なんて壮大な伏線がうじゃうじゃと張られてしまったりする。しかも、無料番組で伏線張りまくっておいて、実際の試合はPPV(有料放送)で、というのがしばしばだ。
ニューヨークに住む高校来の友人Y(最近になってかなりなアメリカンプロレスファンということが判明)曰く、
「ほら、あれって"格闘ソープオペラ"だから」
なのだそうだ。確かにアレはソープオペラかもしれない。どっから見ても演技が下手なプロレスラーが、眉根に皺を寄せて
「いいか、俺はな、お前を許さないんだぞ〜」
と小刻みに震えてみせたり脅えてみせたりして、試合の結果までそのシナリオから予想できてしまったりもする。バカバカしいなぁと笑いつつも、けっこう楽しんでいる自分がいる。
グッズ売り場

で、3月18日、我が町から150マイルほど離れた町Louisville(ルイビル)にスマックダウンがやってくるということで、我が家3人、子供も連れて見にいってみようということになった。テレビで見ている限りでは、観客に子供もかなりいるみたいだし、女性も多いみたいだし、多分大丈夫だろうと思われた。

試合開始は午後7時半。終了時間も遅くなりそうだからとその日はその町に一泊することにして、あらかじめモーテルにチェックイン。会場に到着したのは午後6時半頃だった。まだ開場しておらず、入場を待つ人々がもう500人以上も入口付近にたむろしていた。日本の後楽園ホールあたりに集うプロレス観戦者というと、なんとなく独特な匂いをふりまくお兄ちゃんたちばかりであり、はっきり言うと"おたく臭"が強いイメージがある。やっぱりアメリカンプロレス者もそういう人が多いのだろうか、と思っていたけど、漂う空気はもっとあっけらかんとしたものだった。おねぇちゃんが多い。おっちゃんも数多い。子供も多い。"あんたそのままリングにあがれるよ……"と言いたくなるほど、ごっつい体型の人もいる。そして多くの人が両手で抱えるほどのサイズの厚紙を持ってきている。その厚紙には各々「THE ROCK」だの「HULKMANIA」だの「TEAM ANGLE」だのと思い思いのレスラーの名前や煽り文句が書かれている。テレビで見ていると、レスラーの入場時、試合のオープニング時などにわらわらとそれらを掲げてアピールするのがおきまりのようだ。少なくとも20人に1人はそのボードを持っているような感じ。

$30の席は、がぶり寄りというほどリング近くではなかったものの、充分楽しめる席だった。容器が子供の帽子になりそうなほどの巨大なポップコーンとビールを買い、ぽりぽり食べながら試合開始を待つ。通路にはちゃんとグッズ屋さんも出ていて、ロゴ入りTシャツや応援用グッズがじゃんじゃん売れていた。

多分これはゲレロ兄弟の試合中 そして試合開始。まずは知名度低めのレスラーが出てきてまったりと試合を運ぶ中、だんだんお客の空気も盛り上がっていく。日本人レスラーの田尻義博船木勝一も出てきたり、Rikishi(リキシという名のとおり、相撲取りのようなコスチュームと体型の人……でも、出身はサモア)が大人気だったりと、徐々に大物クラスになっていく。
本日出てきた大物プロレスラーはUndertaker(アンダーテイカー)、Brock Lesnar(ブロック・レスナー)、Chris Benoit(クリス・ベノア)あたり。私の背後の席に座っていた若い女性は、猛烈なアンダーテイカーファンらしく、
「オゥッオゥッ!テイカー!テェェェイカアァァッァァー!」だの
「カモォーン!カモンッマイテイカアァァァーーーー!ギィヤァァァァー」
だのと大騒ぎ。本人がやってこなくても、リング上のビジョンに彼が一瞬映るだけで肉食獣みたいな雄叫びを周囲にまき散らしていた。こっちのファンの人って……熱いなぁ。

私はプロレスの技はさっぱりだけど、だんなはかなり詳しい。横で小さく
「あれは河津落とし。馬場さんの必殺技」
「レイ・ミステリオの必殺技は619(シックス・ワン・ナイン)って言ってね……お!出るか!出るか!?」
と解説したり
「きたきたぁ!スゥィ〜ング、DDT!!」
と技と一緒に叫んでみたり、色々学ばせていただいた。そうね、フランケンシュタイナーは美しいわよね。雪崩式を美しく決めちゃったりしたら、そりゃもう格好良いわよね、と、私もプロレスが微妙に楽しくなってきた。(だんな曰く、絞め技みっちりグラウンドレスリングが(・∀・)イイ!となってきたら末期症状だそうで……いや、私はそこまでいかなくてもいいかな、と……)

そして今日のシメはHulk Hogan。ハルクホーガン、ハルクホーガンですよ奥さん。確か私が子供の頃に日本で大暴れしていた人じゃなかったっけか。猪木や馬場と同世代……というか同じ時代の人だったような。そのハルクホーガンは現在、WWEのオーナーVince McMahon(ヴィンス・マクマホン)と戦って「ホーガンが負けたら二度とリングに上がらない」のなんのと、"Wrestle Mania"に向けてわちゃわちゃ伏線を張っているところだ。今日はその誓約書に両者がサインするという伏線最後の大イベントが待っていた。

入場曲と共に現れるホーガン。お決まりの赤と黄色のレイを首にかけ、手をひらひらさせて耳にあてる"俺への歓声を寄越せ!"のポーズを幾度となくやりながらリングに上がってくる。会場はホーガンコールで大変なことになり、その声援の多さときたらこれまでのどのレスラーよりも多かった。こ、こんなにホーガンって人気があるのか……と唖然としている間に、オーナー登場。後ろから隠れながら登場し、ホーガンの背後から突然スチール椅子でめった打ちにするというこれ以上ない悪役な展開を見せてくれた。椅子攻撃で額を流血したホーガンを更にボールペンでめった刺しというものすごい展開だ。あ、あ、あ、顔が血だらけ……うわぁ……と私が硬直する間に、場内はこれ以上ないホーガンコールで満たされた。ホーガンが以前から今ひとつ好きではなかったというだんなは横で
「うおぉぉ、ヴィンス、かっけえぇぇぇー、すっげー。どヒールになっちゃって、まぁ〜」
と拳を握っていた。場内騒然としたまま、今日の試合はこれを最後に終了。一番最後が試合でなくて"調印式"だったのが少々つまらなくもあったけど、ある意味試合より面白いものが見られちゃったのかもしれないねぇと笑いながら会場を後にした。

お客のほぼ全員が自家用車でやってきていた会場だったので、駐車場出口は大渋滞。試合終了は10時半近くになっており、駐車場を抜けてホテルに帰って来られたのは11時半近くになってのことだった。熱い夜だった……。
(そして、我が町にスマックダウンがやってくるということで4月にもプロレス観戦に行くことになった私たち)