3月20日(木) 日本を求めてアトランタへ

まずは食材の買い出しから〜「とまとストアー」

「そろそろ春ですねぇ」
「春と言ったら、"お花見"ですよねぇ」
「やっぱり桜なんですよねぇ……」
と、留学生仲間の間で声が出たのは3月に入ったばかりの頃だった。アメリカでも、満開のソメイヨシノが見られるところはある。有名なのはワシントンD.C.のポトマック川沿いの桜だ。当初は、車でワシントンD.C.観光も兼ねて行ってみようかとも言っていた。やっぱり、桜を見ることなく終わる春というのは日本人としてちょっとうら寂しいものがある。

ワシントンはちょっと遠いねぇ……と思っていたところ、テネシーに近いところに更なる桜の名所が見つかった。場所は、テネシーに隣接するジョージア州のMacon(メーコン)。ここでは毎年Cherry Blossom Festival(←このイベントのホームページのアドレスは、その名もcherryblossom.comだったりする)が開かれ、けっこう大規模なお祭りになっているらしい。アトランタから100マイルほどの距離という手軽さもあって、仲良しの仲間たちに声をかけ、総勢8人、3台の車で、3泊4日の行程で出かけることになったのだった。2人の子供と大人6人。女性2人は同い年で男性4人もこれまた同い年が2組というバランスの良さだ。何かと気の合う仲間たちだった。

「アトランタに行くなら、ベニエが食べたい」
「うちはコリアンタウンで焼肉が食べたい」
「だったら、充実した日本食材屋で最初に買い物をするってのはどう」
「どうせだったら海辺の町まで走って、最後は魚介三昧というのもどうだ」
と、色々な案が出され、最終的にはなかなか中身の濃い旅程ができあがった。まず、アトランタで日本の味を満喫し、続いてメーコンで桜を満喫、最後は海辺の町チャールストンで魚介を満喫だ。花見がメインだか食べ物がメインだか今ひとつわからないことになったが、気にするものはいなかった。

出発は、3月20日、木曜日の午前10時半。この日の午前中に授業がある人を待ち、終わるなり車3台連なってまずはテネシー州内の東の町Chattanooga(チャタヌーガ)方面へ。チャタヌーガから少し進めばジョージア州に入り、100マイルほど南下すればAtlanta(アトランタ)だ。
ジョージア州に入ってすぐのところの町にあったハンバーガー屋さんで昼食休憩をし、アトランタまであと少しというところに宿を取ったのは午後4時過ぎだった。今日の宿はちょっとリッチに、モーテルの中では高級クラスに入る(と思われる)「Fairfield Inn」。マリオットホテルの系列で、設備も内装もアメニティの充実ぶりも上々だ。1泊1部屋45ドル、3部屋並んだ部屋にチェックインして一休みした後は、ホテルから車で10分ほどの距離にある日本食材屋にぞろぞろと向かった。

充実した日本食材を扱う店として、アトランタの"とまとストアー"の名はテネシーにまで聞こえてくる。我が町で手に入らない食材も、ここならざくざくと見つかるし、第一値段も安かったりするのだった。この店に来るのは、我が家は2回目だけど他の人は今回が初めて。
「おぉ〜」
「広いぃぃぃ」
「本もいっぱいだぁ」
「ビデオがこんなに……」
と、入るなり古本コーナーを見渡し始める独身2人組と、菓子コーナーににじり寄る子供達。私は入口付近の棚の特売コーナーを眺め、Hさんは調味料の棚を眺め始める。
広さは"広めのコンビニ2軒分"という程度だろうか。スーパーマーケットほどの大きさはない。1軒分の広さに古本と新刊の雑誌類、レンタルビデオが詰まり、残り1軒分の広さに食材が並ぶという感じ。刺身にできそうな魚や、ニラや春菊、しめじやエノキなどのアメリカのスーパーじゃ買えない野菜類、調味料やインスタント食品や菓子や日本の風邪薬や塗り薬、一通り"懐かしい"と感じるものは揃えられている。Mさんは、冷蔵ケースの中のみたらし団子に悶えている。

「ああっ、このカップラーメンが安売りされてるよ……嬉しいなぁ。……買っちゃお」
「こんな調味料、うちの町では見つからないですよねぇ。たま〜に見かけても高いし」
「"ひえピタ"!ひえピタ、あった!」
「米もさぁ、もうちょっと買っておこうよ」
と、各自欲望の赴くままに盛大に買い物をした。とんこつラーメンを買ってみたり、すき焼きふりかけを買ってみたり、インスタントの豚汁を買ってみたり。よいしょっと重くなった籠をレジに置けば、レジの横には1缶85セントのカルピスウォーターが。ついついそれもごろごろと4缶ほど籠に加え、更にハイチュウヨーグルト味なんかも付け加えてみたり。もう止まらない。渡米後8ヶ月を経過し、そろそろ微量に日本が恋しくなっていたらしい私たちだった。

炭火焼肉だ!〜「Hae Woon Dae」

一旦ホテルに戻った私たちは、1時間ほど休んでから夕食に出発。
今日の夕御飯は、Hさん夫妻のたっての希望で"焼肉"。なんでも、アトランタのコリアンタウンはなかなかのものだという話を英語学校の友達である韓国人から聞いたのだとか。もう、何がなんでも焼肉!という気分で、でも今ひとつお店の場所は知らなくて……ということだったので、インターネットなどでちょこちょこ調べてみて評判の良さそうな店へ行ってみることになった。皆揃って焼肉好きばかりなので、異論のあるはずもなかった。

目指したところは、"Hae Woon Dae"という店で、漢字では"海雲台"と書くらしい。
「高速道路のこの出口を出て、右折して……」
と目指した一角は、見事なまでに韓国語だらけの看板。英語併記もされていないようなハングルだらけの看板が並んでいて、もう日も暮れて何が何やらという感じの中、なんとか目的の店を見つけて入店した。中は韓国人らしきお客が数組。8人だよー、と伝えたら、座敷に案内された。8人がつくことができる大テーブルにはコンロの口が2個ついており、上には巨大な空調設備が口を開けている。座敷の隅に積まれた座布団を自分で持ってきて敷いて座ると、ここがアメリカではないような気がしてくる。

ナムルだナムルだキムチだキムチだ

テーブルには、4人に1セットの割合でナムルやキムチがずらりと並べられた。注文したのはユッケ1皿、牛タン2皿、プルコギ2皿、カルビも2皿。小皿に盛られた白菜のキムチや大根のキムチ、ほうれん草やもやしのナムル、一口大のパジョンをつつきながら肉がやってくるのを待つ。お供は韓国のビール、OBビールだ。

テーブルにやってきたのは、炭火だ。上に置かれた網は中央がちょっと盛り上がった緩い円錐形のもので、この上にお店のおねぇちゃんがどんどん肉を積み上げて焼いていってくれる。日本人としては「1枚ずつ乗せようよぅ、そんなに大量に積み上げてぐじゃぐじゃにしないでくれよぅ」と思わなくもないのだけど、かつて行った韓国の焼肉屋もこんな感じだった。無愛想なおばちゃんが、勝手にどかどか焼いていってくれちゃうのだ。アメリカで"焼き肉"というと、日本人が集まる大都市以外ではどうしても韓国人経営のお店になってしまうので、店員さんに勝手に焼かれるのは諦めるしかないらしい。まぁ、それはそれで……悪くないけど。

プルコギ〜♪ 最初は牛タン。薄切りのタンはまだ凍っていて、それを無造作に網の上にべらべらべらっと並べるおねぇちゃん。2分ほどすると戻ってきて、今度はトングでガバガバッと適当にひっくり返し、"さぁ、喰え"といった感じにぺたぺたと網の上に広げて去っていく。塩胡椒に胡麻油を垂らしたタレをつけて食べるのだけど、ちゃんと"牛タン塩"の味ではあるので、これはこれで癒されちゃうのだった。
「タンだ〜」
「牛タンだ〜」
と盛り上がるのもつかの間、おねぇちゃんはプルコギを網の上に広げ始める。まったりのんびり酒を飲む余裕はない。とにかく立て続けに喰え!という感じ。卵と共に刻んだ梨が乗るユッケを皆で分けつつビールを傾け、そして急ぎ足でプルコギへ。

薄切り肉というか細切り肉というか微妙な感じの牛肉が甘辛いタレで揉まれて焼かれたプルコギは、御飯が恋しくなる味だ。息子用に注文した御飯を横から奪ってサンチュに乗せ、肉と共に巻いて食べると懐かしい味が口に広がる。なかなか美味しい。カルビは骨つきのものではなく、不揃いな大きさに薄切りにされたものだったけれど、プルコギとはまた違うこってりとした強い揉みだれが染みている。

アメリカの韓国料理屋や日本料理屋でよく見かけるのは和韓折衷になっている店だ。寿司カウンターがあるのにカルビクッパがメニューに載っていたり、一見韓国料理屋なのにうどんや蕎麦、天ぷらなんかがメニューに載っていたり。この店のメニューは、日本語で"カルビ""ユッケ"なんて記載されてはいたものの、メニューはまっとうな韓国料理だけだった。そのあたりも違和感がなく、嬉しかったり。

最後には、私はだんなと2人で1杯の冷麺。こんにゃくを麺にしたような外見の、細くもちもちとした麺が入り、具は甘酢の味の大根やきゅうり、ゆで卵と薄切り牛肉。辛さはなく、甘酸っぱいだけ……というスープの一口目の印象は、飲み込んだ後に強烈な辛さがビリビリとやってきて一気に覆された。後味だけが強烈に辛いスープは、妙に美味しい。周囲は真っ赤な辛いスープを飲む人あり、カルビタンを啜る人あり、と焼肉を食べた後のシメも腹が満ちるまでしっかりとなされたのだった。

Georgia州Doraville 「Hae Woon Dae Korean Restaurant」にて
ユッケ
タン塩×2
プルコギ×2
カルビ×2
冷麺
カルビクッパ
カルビタン
ビール(OB)×5
ジュース×2
……その他色々、大人6人子供2人で食べまくる
合計$154.00

旅行の初日は日本食材と焼肉ということで、初手から日本を感じまくる展開となった。そして明日はお花見だ。