5月7日(水) Badlandsでおにぎりを

広告だらけで、何がなにやら〜「Wall Drug」

モーテルの無料朝食の朝御飯。宿泊費が高いだけのことがあってか、食パンやベーグルの他に、イングリッシュマフィンやドーナツ、フルーツカクテルなどもある。少しばかり嬉しい品揃えだ。私はイングリッシュマフィンをトーストしたバターを塗り、あとはミニドーナツを1個。冷たいオレンジジュースと牛乳を飲み干す私の向かいでは、息子が嬉しそうにフルーツカクテル入りのボウルに顔を突っ込んでいる。

昨夜泊まったKeystoneの町からラピッドシティまでは30分ほど。そこからI-90に50マイルほども行けばバッドランズ国立公園はすぐそこだ。
「じゃあ、行ってみましょ〜」
と出発した私たちは、高速道路沿いでやいのやいのと大騒ぎすることになった。

看板が、立っている。
尋常じゃないほど視界に入るその看板は、その90%以上がたった1つの店の宣伝広告なのだった。車を走らせていて、常に最低1つは視界に入る勢いでぽこぽこ看板が立っている。しかも、宣伝文句とイラストがいちいち違う。別のお店の看板かと思って目をやると、どれもこれもたった1つの店のものばかりだ。
店の名前は、Wall Drug。バッドランズ国立公園のゲートシティの小さな町にあるお店であるらしい。けど、広告を見ても、何を売ってる店なんだかよくわからない。曰く、
やっと「本体」に会えたよ……という感覚だった

「レザーグッズあります!Wall Drug」
「ウッドカービングあります!Wall Drug」
「コーヒーは5セント、水はタダです!Wall Drug」
「お子さまも大歓迎!Wall Drug」
「ハネムーナーにはドーナツとコーヒーを無料プレゼント!Wall Drug」
「観光バスも止まります!Wall Drug」
「○○の雑誌に載りました!Wall Drug」
などなどなどなど……。

「まーた、ウォールドラッグだよ」
「……で、結局何屋さんなんだろうね」
「なんでも屋」
「やっぱり?」
と、苦笑いしながら広告を追いかけていく。そいでもって、結局Wallの町に着いたときにWall Drugを目指してしまう私たちなのだった。もう、店の思う壷状態。

小さな小さな町Wallの、小さな小さな商店街。道路がそのまま駐車場兼用のようになっていて、道の両側にいかにもなお土産物屋さんやダイナーが並んでいる。その片側は、全て噂のWall Drugになっていた。
なんてことない、中はこまかなおみやげ物屋さんがみっちり詰まっているようなショッピングモールのようなものなのである。ダイナーもあり、ダイナー内で飲むコーヒーは確かに5セントなのだった。テイクアウト用のカップに入れてもらうと、カップ代がプラスされて19セントに。それでも安い。

各ショップの中には、お店のロゴ入りTシャツやその他ロゴ入りグッズが盛り沢山。身につけるもの、子供向けのおもちゃ、西部っぽいお土産もの、薬や文房具に至るまで、ひととおりなんでも揃う。だんなはTシャツ売り場で
「くだらねぇ〜……おもしれぇ〜……」
と楽しそうに変な柄のTシャツを物色している。Hard Rock Cafeのロゴを真似たWall Drug Cafeのロゴのシャツなんてあって、苦笑い。結局だんなは、Wall Drug Cafeではないけれど、妙なメッセージつきのTシャツを買っていた。「Wall Drugで聞かれる質問ベスト10!」なんて書いてあり、「トイレはどこですか?」「フリーウォーターの値段はいくらですか?」「あなたはここの店員さん?」なんて文章がずららららと続いている。

そして、名物5セントコーヒーもいただいていこう、とダイナーへ。朝御飯が軽かったしねとドーナツも1個袋に入れてもらい、それで合計84セント。安くてけっこう嬉しかった。
素朴な味のオールドファッションタイプのドーナツは、甘さもそれほど強くなく、表面がサクッとしていてとても美味しい。国立公園を目指す道すがら、車の中で皆でつついた。

South Dakota州 Wall「Wall Drug」にて
ドーナツ
コーヒー(to go用)
$0.65
$0.19

青空の下でおにぎりを〜「Badlands National Park」

ただひたすら広がるプレーリー Wall Drugから数十分ドライブすれば、Badlands National Park。Wallの町から延びている州道が、そのまま公園内を西から東へ横断する道路になっている。

ゲートをくぐり、
「……でもさ、ずーっと平原だよね」
「平原がウリの国立公園だったっけ?プレーリードッグもいるらしいしね」
と、とりあえず最寄りの展望ポイントを目指してみた。で、展望ポイントに車を止めた途端に
「どっしぇー」
とのけぞっている私たち。
突然目の前に開けた景色がこれだった

そこまでは、特に高原地帯という自覚もなく、ただ地平まで続いているんじゃないかと思われる草原を走ってきたのだった。なのに、展望台のすぐ向こうはどどどーんと落ちくぼみ、風と水で削られたような奇岩が乱立する向こう、数百メートル下に一段低い草原が続いている。眼前には、これまた地平まで続くんじゃないかという、グランドキャニオンの小型版のような地層もあらわな光景が広がっていた。
「……すっげー」
「……すっごい落差だね」
「後ろっかわが平原なだけにインパクトがあるよね」
と、しばし絶壁の光景に見とれる。公園を横断する道路は、この崖の上側から眺めるポイントをいくつも通りつつ、緩やかに下の台地へ降りていくルートになっているようだった。

すごいすごい、と点々とある展望ポイントを移動しつつ、お腹も空いたのでピクニックエリアを探し歩く。アメリカの公園の素晴らしいところは、一見すごく辺鄙で寂れたように見えるところでも(たとえ州立公園であっても)、綺麗に清掃されたトイレやゴミ捨て場が整っていることだ。そこの設備でも、安心して使うことができる。……ま、さすがにトイレはくみ取り式のところも場所によって多々あるけれども(でもちゃんと掃除は行き届いていて、それほど気にならない)。

車は、"Yellow Mounds Overlook"から南に分岐した未舗装道路を少し行ったところにあるピクニックエリアに駐車した。数十メートルの高さの黄色い岩山がそこここにある、山と草原ばかりの大自然な風景だ。ちゃんとトイレとゴミ捨て場もついている。周囲に聞こえるのは鳥の声と風の音だけで、さっそくトランクから冷たい麦茶を取り出した。自宅からわざわざ持っていったクーラーボックスには、モーテルで氷も詰めてきている。そして、今朝モーテルで炊いたご飯をにぎった、おにぎり。中身はごはんですよと、鮭フレークの2種類。更に、たらこの昆布巻き(真空パックになっているのを自宅から持ってきて、今朝スライスした)と、つぼ漬け(デンバーで購入した)。
テーブルに食料をずらりと並べての、昼御飯。野望を抱いていた、大自然の中でのおにぎりがやっと実現だ。
うーん、予想したとおり、やっぱり気分は最高だ。しかも今日は、長袖1枚で充分なほど、日差しも風も暖かだった。
大自然の中のおにぎり!

「おにぎり、うめー!!」
「麦茶、おいしー!」
「あ、ぼくねー、ぼくねー、そのきいろいパリパリ、たべたいなぁ」
「そうそう、つぼ漬けがまた、泣かせてくれるよね」
と、家族でテーブルを囲むおにぎり昼食は最高だった。海苔もちゃんと持っていって、食べ際におにぎりをくるりと巻いてから齧る。うまいうまい。麦茶がこれまた、チョーうまい。麦茶サイコー。

7個あった2合分のおにぎりは、綺麗になくなった。多めに包んだつぼ漬けは消え、これまた多めに切ってあった昆布巻きもなくなった。1ガロンボトルに作った麦茶も、着々と減っていく。
怪奇、奇岩城。

しばし感動の昼御飯を味わった後は、再び展望ポイントを巡りつつ東の出口に向かって走る。相変わらず、右手は断崖、左手は草原という光景が続いている。彼方には、尖った奇岩が並びそびえる小山も見えた。
「ああ、あれはさー、"奇岩城"って感じだね」
「ラスボス出てきそうだね!」
「どんなラスボスだよ……」
「そいでねそいでね、あっちの下の平原は"ナギ平原"って感じだよね」
「今度はファイナルファンタジーかよ……」
まるで空想上の光景に見えるその景色を見ながら、いまひとつ夢のない事を話している私たち。見たことない風景は全部RPGの風景かよ!と顔を見合わせて苦笑い。うーん、でも確かにアレはナギ平原……。

広くでっかい青空。雲が増えてきたねぇと見上げたら、遙か彼方から雨雲がどんどろどんどろと迫ってくるところだった。雨が降っているらしいことが、ぼやっと霞んだ黒い空の下、確認できる。
「……潮時かな?」
「車乗って、先に行こう」
と、急ぎ車に戻り、先を目指すことにした。

今回の旅も、10月の国立旅行巡りと同じく、長い長い行程をドライブしていく。前回の旅行は、かなりの強行軍だったということもあり、だんなが途中で発熱してしまったりしていた。本人に言わせると、「毎日の食事が辛かったから体調を崩しちゃったんだ」なのだそうである。確かに、疲れ果ててグランドキャニオンに到着してみたらハンバーガーとホットドッグとトマト味のパスタとピザしかない、なんて状況にはかなりげんなりさせられた。グランドキャニオンに到着してから数日間の食事は、旅行にかなり暗い影を落としてくれちゃっていた記憶がある。
「で、どう?今回も長旅だけど、体力保ちそう?」
と尋ねてみたところ、
「もう余裕!超余裕!絶好調!もう、おにぎりサイコー!」
と、力強すぎる返事が返ってきた。おにぎりの力は偉大だったらしい。

デビルズタワーな町でのカレー夕食

バッドランズ国立公園、東側の出口から、来た時とは別の道路であるUS-44をラピッドシティに向かって西に西にと進む。黒雲に突入するような方向で、案の定、途中から雨が降り始めた。周囲にはプレーリードッグの巣穴がある地帯もあったけれど、天候のせいかあの可愛らしい動物はほとんど地上に出てきていない。

ラピッドシティからは、I-90を西に西に。再びワイオミング州に再び入ってSundanceという町に到着すれば、そこがデビルズタワー国定公園は目前だ。
雨は晴れていたもののかなり雲が出ていたこともあって、今からデビルズタワーに向かっても良い眺めは望めないのではないかなと思われた。今日は早めに宿に入り、ゆっくり休むのが得策かなと、小さな町Sundanceで今日の宿を探す。

宿泊代30〜40ドルあたりの安モーテルも外観を見つつ検討したけのだけど、結局昨夜と同じモーテルチェーンのBest Western Inn At Sundanceにすることにした。ここがあからさまに小綺麗で、設備も充実しているようだ。ちょっとくらい宿泊代が高くても、ついている無料朝食がショボいものだとしても、朝軽く胃袋に何かを入れて出発できる宿なら数ドル高くても元は取れる。

さて、宿泊の手続きをしたは良いけれど、食事できるところは少なさそうだ。町にあったのは昨夜食事したところと似たような風情のステーキ屋が1軒くらい。
「……う、今日もステーキってのもなぁ」
「ほんのり、ご飯が恋しいよね」
家族協議した結果、ホテルの部屋で自炊して喰っちまおう、ということに。幸い、デンバーの日本食材屋で買ってきたレトルトカレーがある。松茸御飯の素なんかもあった。更にカップラーメンも数個ある。私たちにとっては、ささやかな宝の山だ(随分お安い宝の山だなぁ……)。

「よっしゃ、今日はカレーだ!」
と、御飯を炊き始める私たち。
ホテルの朝食コーナーには夜も電源入りっぱなしのコーヒーメーカーがあり、紅茶用のお湯も出るようになっている。部屋に置かれていたアイスペールに湯を満たしてきて、その中でカレーを温め、更に部屋置きの小さなコーヒーメーカーのスイッチを入れてポットに湯を満たし、保温しておく。これはインスタント味噌汁用。ビールはクーラーボックスの中。息子用に、モーテル脇のガススタンドのショップで牛乳も買ってきた。福神漬はないけれど、つぼ漬けがあるので小皿に入れる。部屋には幸い、2人がけのダイニングセットが置かれていた。ベッド脇に机を移動すれば3人で食卓が囲めそうだ。
ちまちまとホテルの部屋でこういう作業をするのって、けっこう楽しい。

インスタント味噌汁は、やっぱりインスタント味噌汁以外の何物でもない味だったし、レトルトカレーもレトルトカレー以外の何物でもない味だった。それでも、炊きたての御飯にかけたカレーと、懐かしさ満載の味噌汁の味は格別だ。毎食続くとげんなりしてくるステーキやハンバーガーも、米の飯を挟めばまた美味しく食べられるような気がする。「明日の昼か夜にはガッチョリとアメリカ飯だわね」と早くもそんな事を考えつつ、3合炊いた御飯は親子3人ですっかり綺麗になくなった。
さー、明日はデビルズタワーだー。