5月9日(金) 雪のYellowstone

いざYellowstoneへ

イエローストーン国立公園の東にあるゲートシティ、Codyに泊まった昨夜。深夜12時近くに、上階でぎゃーぎゃーと子供二人がテレビゲームに興じている音があまりにうるさくて眠ることもできず、天井をガンガン叩いてやっと静かにさせる……なんてことがあったりした。幽霊がいるモーテルもイヤだけど、壁や天井が薄いモーテルにも困ったものだ。安いところには安いなりの理由がある。

「……で、朝食もこんなにトホホになっちゃうわけね……」
と、無料朝食コーナーでちょっと呆然としている私たち。
これまで、どこででも見かけていたシリアルの類は置かれていない。シリアルがないから、牛乳もない。バターやジャムを置くのがめんどくさいからか、食パンやベーグルといった甘くないパンもない。あるのは、ドーナツとごってり甘そうなデニッシュだけ。ジュースはかろうじてクランベリーとオレンジの2種類があり、あとはコーヒーだけ。
「うう……甘そう」
「歯が溶けそう」
げんなりしながら、それでも、とデニッシュを1個。砂糖コーティングされたねっとり甘いパン生地には、これまた甘いクリームチーズベースのペーストが。何も食べないよりはいいか、と口にしたデニッシュは、その後ずっと口の中がネカネカネカネカしていたのだった。見覚えのあるパッケージに、そうか……すぐ近くにWAL☆MARTがあったなぁと思い出す。ああ、そういえばドーナツもデニッシュもWAL☆MARTで売っているものばかりだ。

部屋に帰れば、昨夜のうちにタイマーセットしていたご飯も炊けている。これは朝食用ではなくて昼食用。せめて昼は美味しいおにぎりを食べようねとおにぎりを作り、つぼ漬けなどもラップにくるんで車に積み込んだ。
しかし、外はすごい寒さ。起きた時は「お、曇ってはいるけど大丈夫そうじゃない」なんて言っていたのに、朝食を摂っている間にモツモツと雪が降り始めていた。長袖シャツにセーターを重ね着し、真冬用のコートとマフラーと手袋(更に息子には耳あてつき帽子)も装備。テネシーじゃこの冬にこんな格好何度もしなかったよ、という重装備を整えての出発だ。イエローストーンは一体どれだけ寒いのか、検討もつかない(噂じゃ、外の町より5度ほど低かったりするらしいけど……)。

Codyから西に50マイルほど進めばイエローストーン国立公園のゲートがある。Cody周辺で一旦見えなくなった積雪も、標高が高くなってきたためか道の両側に少しずつ見えるようになり、その厚さがどんどん増していく。「ここは新潟の豪雪地帯。静かな雪原に除夜の鐘の音が響きます」なんて、ゆく年くる年のアナウンサーの声が聞こえてきそうだ。5月なのに、まだまだまだまだ雪は積もっている。

凍る湖と間欠泉〜「Yellowstone National Park」

午前9時。不安だった天候も、40分ほどドライブしてEast EntranceからYellowstone National Parkに突入した頃には、青空がちらちら見えるようになっていた。
巨大なこの国立公園には合計5個の入口があり、北と北東の入口以外は冬季は閉鎖されている(が、北東の入口はそこへ至る道路が冬季は閉鎖されているので、結局入るのは難しかったりする)。じわじわと開通し始めるのは4月の半ばすぎで、西口がオープンし、東口がオープンし、南口がオープンし……と、少しずつ開通が続いていって5月の下旬を過ぎたところでやっとイエローストーン全体が活動を始める。

5月9日の今日は、ちょうど南口への道路が開通したところだ。南に出ることができないと、デンバーへの帰り道に大変な遠回りを強いられることになるので、旅程を決めた時は「いちかばちか」な気分だった。開通日は天候にも左右されるということだったので、「ま、ダメならダメで」「なんとかしよう」という覚悟を決めていた。そういう、イエローストーンのメジャーなシーズンの最初も最初な季節の今回の旅だった。

凍ってる湖なんて、肉眼で見るのは初めてでした

・ Lake Village / Yellowstone Lake

East Entranceからのびる一本道を西に進めば、園内最大の湖であるYellowstone Lakeがある。周囲は相変わらず深い雪だったけれど、湖が近づく頃には積雪の量も若干少なくなってきた。
が、目の前に広がっていたのは、どこまでも白く見える凍った湖だった。まだまだ、ガッチンガッチンに凍った湖。凍りついた湖というのを肉眼で見ることが初めてだったこともあり、湖岸に近づいて
「うわー、凍ってるよ。こんなにでっかい湖が凍ってるよー」
「すっごーい」
と私たちは大騒ぎ。白い湖と青い空、白い雲の向こうには雪山が並ぶのもよく見える。ため息ついてしまいそうな光景だった。

岸に近いところは、それでも少しずつ溶け始めている。小さな石を当ててみて割れた氷を拾ってみると、まだまだ厚さは1cm以上もある。全てが溶けるのはまだ1ヶ月くらいかかるんじゃないかと思われる白く染まった湖だった。まだ間欠泉の1つも見ていないのに、イエローストーンってすごいすごい、と盛り上がる私たち。
夏には船遊びをしたり魚釣りをしたりと賑わうところであるらしい。今はひっそりと人気もなく、それが逆に良い感じだった。

イエローストーンにやってくるまでもちょこちょこ見ていた動物たちだったけれど、ここに来て、
「うっわー、バイソンが、こんなにうじゃうじゃ」
「お!犬だ犬!……いや違う、コヨーテだぁ!」
と、おちおち車内でくつろいでもいられないほど、色々な動物を見ることができた。

バイソンだー コヨーテだー エルクかな?

動物たちは良くも悪くも非常に人慣れしていて、近づいて撫でようとでもしない限りは"人を見るとすぐに逃げる"なんてことはない。どころか、「頼むからどいて〜」というほど、車のすぐ脇をすれ違ってくれちゃったりする。道路際1mもない近くの草地で草を食べていたりするし、群もたくさん見かけた。ちらりとだけど、熊も見た。野生のハクトウワシと巣を見ることもできた。
道路を走っていた時、脇に見かけたバイソンの群の中にはバイソンの子供も何匹か視界に入ったりも。ちょうどバイソンの繁殖期の直後だったようで、それからも何匹かバイソンの子供は見かけることになった。いつか写真を撮ろうと思いつつ、あまりに遠くの群だったり車を止めるには無理な場所だったり、なかなか子バイソンと接触できないことが続くこれからの数日間になる。

・West Thumb / Geyser Basin

こんな感じにぽこぽこと温泉が 天気の良い今日のうちに名物の間欠泉をとりあえず見ておこう、と、Old Faithfulというイエローストーンの中心部目指して車を走らせる。途中通ったのは、West Thumbというポイント。ロッジやキャンプ場はあるけれどいまいち見所は少ない様子で、入園時にもらった公式マップにはただひとつ「Geyser Basin」と小さく書かれている。他の部分の見所には「Midway Geyser Basin」だの「Great Fountain Geyser」だのと間欠泉の名前も書かれているのに、ここはただ「Geyser Basin」。きっとあんまりたいしたことないんだよ、なんて言いながらもトレイルがあったので行ってみたところ、これがたいそう面白かった。
きれーい、きれーい

青空がくっきり見えて日が差したのはイエローストーン滞在中唯一このひとときだけだった、ということも多分大きいのだろうと思う。背景に白く凍った湖が見えて、それがまた素晴らしかったということもある。ここで見た温泉の綺麗なブルーやグリーンの色は、他の有名なトレイルのそれと比較しても、全く遜色ないほど美しかった。エリア中に湯気がもうもうと立ちこめているなか、トレイルの入口の無人販売所で買ったトレイルマップを持って歩く。どこの国立公園でも、大概は入園時にもらったマップ1つで歩き回れるのだけれど、ここは広く見所もいっぱいあるということもあってか、各ポイント毎に8pほどのカラー小冊子が用意されている。金属の箱の中に納められたそれを1つもらい、横の料金箱に50セントを入れればOKだ。各間欠泉や温泉の説明もされていて、けっこう面白い。

右の写真は、Blue Funnel SpringもしくはEphedra Springの多分、どちらか。一周して20分ほどしかかからない広くはないエリアなのに、沸き出るポイントによって黒く見える泉だったり青く見える泉だったりする。"Black Pool"なんて名付けられたところは、本当に色が黒く沈んで見える。
湯の中にいる微生物によってその色に見えたり、あるいはあまりに高温なために微生物も生きることができず、空の色がそのまま綺麗に映り込むから綺麗なブルーに見えたり、と要因は色々らしいけれど、地上にボコッと深く開いた穴に自然のものとは思えないような色の湯が波打っているというのは不思議な光景だった。大概の温泉は澄んでいて、その下の岩肌などがかなり鮮明にくっきりと見える。間欠泉が吹き上がる様子はここでは見られなかったけれど、漂う硫黄の匂いに「ああ……イエローストーンに来たんだなぁ」という気分が盛り上がってきた。

West Thumbでそんな寄り道をしたりしている間に、いつのまにかお昼時。イエローストーン最大の名物、間欠泉が集中しているエリアであるOld Faithfulに到着する頃には、すっかり空腹極まっていた。約92分ごとに噴出があるという最も有名な間欠泉Old Faithful Geyserは、そのエリアの中心地にある。数百メートル先にビジターセンターやホテル群、おみやげ物屋さんが並んでいるという、なかなかすごい場所にその巨大間欠泉はあった。まずは、次の噴出の時間を確認。まだ1時間以上ありそうだったので、昼御飯にすることにした。
Old Faithful Geyser。初めて眺めた間欠泉

このあたりは雪は少ないとはいえ、そして空も青空がちらちら見えているとはいえ、やっぱり寒い。かなり寒い。かじかんだ手をガタガタさせながら屋外で食べるよりは、と、間欠泉が見える位置の駐車場に車を止め、車内で昼御飯を摂ることにした。

ごはんですよを中に詰めたおにぎりと、シンプルな塩おにぎり。別袋に入れてきたパリパリの海苔を巻き、ばくりと齧る。あとは、つぼ漬け、麦茶。肉っけのあるものが恋しかったので、昨夜滞在した町でケンタッキーフライドチキンを買ってきてある。手作り感溢れるおにぎり弁当を目指したはずなのに、ケンタのチキンの存在で微妙にジャンクな風情が漂う。それでも、近くの売店をちらりと覗いたときに目に入ったハンバーガーやホットドッグなどのメニューよりは遙かに豊かな食事といえた。冷めても美味しく食べられるのは、やはり何よりおにぎりだ。サンドイッチよりお腹も膨れるし。

おおむね正確に92分というインターバルを置いて吹き出すのだというOld Faithful Geyser。1分半から5分ほどの噴出が、30〜55mの高さの範囲内であるのだとか。この公園内、最も正確に噴出する間欠泉なのだそうだ。一応、前後10分程度の誤差はあるということだったので、10分前から間欠泉そばに並べられたベンチに座り、待機。

しぼぼぼぼ、と常に出ている水蒸気の勢いが増したかと思ったら、フシュシュシュシューッと突然すごい勢いで水蒸気と水が噴き出した。ついさっきまでは風向きが違っていたはずなのに、大噴出が始まった途端に、風向きはモロにこちらに向かってきた。しぱぱぱぱ、と吹き上がった水がこちらに向かって降り注ぐ。ちょっとは温かいのかと思ったら、冷たく微かに硫黄臭い水だった。周囲の人と「うっひゃー」と逃げ、風上方向に移動する。
シパパパパパパ、と2分か3分くらいシューシューと水蒸気と水を吹き上げた後、再びしゅ〜〜〜っと間欠泉はおとなしくなった。それだけのことだけど、面白い。「でたでたでたー!」と、気分は尺玉が打ち上がった時の花火見物のような感じ。

この後、何回かOld Faithful Geyserの噴出を見たのだけど、やはり微妙にその時々によって変わるみたいだった。翌日に見たときには、バショッ……バショッ……と気まぐれに2〜3分に渡ってプチ噴出があった後に、「糞づまり解消です」的な勢いで最後に大噴出。それでも初回に見た時ほどの勢いはなかった。翌々日の午前中に眺めた時には、一気に最高点までの噴出が起こったような勢いあるもので、風が少なかったこともあってか真上に吹き上がる水蒸気と水が絵葉書で見るような光景になっていた。同じ間欠泉をえんえんと観察してみるというものも楽しいかもしれない。

・ Old Fithful / Geyser Hill

けっこう運がよかったらしい 午後はひたすら、間欠泉と温泉を巡るトレイル。
最初に回ったのは、Old Faithful Geyserから延びているトレイル、Geyser Hill。せっせと歩けばGrand Geyser、Riverside Geyser、Daisy Geyserといった著名な間欠泉もいくつかあるのだけれど、そこに至るには往復4マイル以上は歩かなければいけないようだった。子供連れじゃさすがに無理かも、とループ状になっている一周1.3マイルのトレイルを歩いて戻ってくることにした。中には10個弱の間欠泉や温泉がある。やはり間欠泉の付近は温かいのか、鹿がやってきて「あったかくていーのよねー」てな感じにくつろいでいる。

お、あそこ、あそこポコポコ言ってるね、なんて小さな間欠泉を指さしながら歩いていたところ、そのループトレイルの一番奥に位置するLion Groupという名がついた間欠泉群の様子が変わってきていることに気がついた。それまでは静かに湯気を噴きだしていただけだったのに、ブゴゴゴゴ、と静かな音に加えて水蒸気の量が増えている。
「……出るのかな?」
「どうだろ?」
とちょうど良い場所に置かれていたベンチに座り、ちょっと観察してみることに。

ほどなく、数個ある間欠泉のうち2つから、盛大に水蒸気と水が吹き上がり始めた。Old Faithful Geyserは、巨大だけれどその分遠ざかって見なければならず、迫力はあるけれど近づいて見ることはできない。Lion Geyserは大きさはさほどではないけれど、かなり近くで眺められたことが嬉しかった。一度間欠泉を見てしまえば、どこで見てもあまりこれといった変化のない似たようなものと言えたりもするのだけど(「お湯が吹き上がってるだけで、イエローストーンはあんまり面白くなかった」という留学生仲間の言葉もあったりする)、それでも「出た出たー!」と興奮してしまう。時間を狙って見に来たわけではないのに、目の前でちょうど間欠泉が目覚め出したという幸運にもちょっと感動。

後になってトレイルガイドを見たところ、噴出の直前にライオンのうなり声のような低音が響くことがあることからその名がついたのだとか。噴出の高さは15mほど、それが1〜7分続くらしい。噴出の間隔は1時間から3時間。やっぱり運が良かったね、と喜びながら一周して戻ってきた。

それにつけても、日本人として思うのは「温泉に入りたいよぅ……」ということばかり。
指突っ込んだら熱いよなぁ、危ないって書いてあるもんなぁ、とわかっていながらも、目の前で静かに泡を出している青いプールに飛び込みたくなってしまう。
「うぉー、温泉に入りたい〜」
「いや、火傷して死ぬから」
「ちゃぷちゃぷしたい〜」
「だから、死ぬから。君」
「じゃあ、せめて卵茹でたい〜」
「……あ、それはいいかも。でもアレに入れたら間違いなく固茹で卵だよ。温泉卵にならないよ」
「ていうかさ、あの小さな泉なんかパスタ茹でるのにちょうど良さそうだよね」
「硫黄臭くなるよ。俺、硫黄臭いパスタなんか食べたくない」
と、イエローストーンを歩いて思う二大欲求は「湯に入りたい」「何か茹でたい」の2つ。ああ、そこの名もついていない直径10cmくらいの穴でいいから1つください、という感じ。

・ Norris / Norris Geyser Basin

自然の造形って面白い 今日の宿は公園の北端にあるポイント、Mammoth Hot Springs。ここにあるホテルに、旅程が決まった頃に航空券の手配と同時に予約を済ませてある。Old Faithful付近の見どころ巡りは明日続きができるということで、とりあえず北のポイントに行くことにした。
Old FaithfulからMammoth Hot Springsに向かう途中にあるのがNorrisというポイント。キャンプ場やピクニックエリアがある他はミュージアムとブックショップがあるくらいの場所なのだけど、ここにも数多くの間欠泉があり、トレイルが整備されている。

ここには、世界最大と言われている間欠泉Steamboat Geyserがある。吹き上がる水の高さは90mを越えるそうだけど、1991年の次には2002年の4月にその大噴出があったきりなのだとか。「今日は静かなわけね」と通り過ぎると、彼にしてみれば鼻息程度なのだろう、鯨の潮吹きのような小さな噴出がバシュッバシュッと数回見えたきりだった。そして、その湯の色の美しさで定評があるEmerald Springもここにある。美しい青緑色の温泉だ。なんでもこのあたりのエリアはイエローストーン中で最もダイナミックな熱水現象が見られる場所なのだとか。で、最も地震が多いらしい。

写真は、Veteran Geyserという名の間欠泉。地表でぐつぐつ煮えたぎった釜のようになっている泉と、その一段下にある泉が連動しているかのように、揃って低く水を吹き上げている。もう1つ、中で繋がっている口があるらしく、大噴出のときにはそれら全てが盛大に吹き上げるものであるらしい。残念ながら大噴出は見られなかったけれど(もう、そういうのを見るにはほとんど運に賭けるしかないわけで)、ちょっと面白い間欠泉だった。

・ Mammoth Hot Springs / Upper Terrace Drive

温泉郷だねぇ……という匂いが周囲に漂いまくり そして今日の宿泊ホテルがあるエリアにやってきた。公園の北端にあるエリアだけど、他の場所と比べて極めて寒い……というほどでもない。やっぱり中心地であるOld Faithful近辺が最も多くの人が集まっていて、そこから離れるほど閑散としていたりはする。それでもここは、公園内二番目に大きな規模の各施設が集まる場所だった。

このあたりには間欠泉はなく、代わりにテラスと呼ばれる階段状の石灰堆積物を見ることができる。写真で見たテラスは白く輝いていて、非常に美しかったので期待していたのだけど、季節が悪いのかたまたまなのか、なんだかいまいち。
歩いて回れるトレイルルートもあり、1車線だけの一通道路がループになっているテラスめぐりドライブルートもある。とりあえず、とドライブルートを回ってみると、「……ど、どのへんがテラス?」とちょっと首を傾げたくなるような、よく分からない白っぽい石の塊が……という感じのものが多かった。それでも、上からシューシューと静かに水が吹き、その周辺が小高い山のようになっているOrange Spring Moundや、100mほど先にテラス状のものが湯気の中に見えるAngel Terraceなどは、ベージュと茶色とクリーム色が混ざり合ったようなその色合いも形状も、自然の造形ってすごい、とため息ついてしまうような美しさ。徒歩で巡るトレイルもこのエリアにはたっぷりあるらしいけれど、道路際にあったOpal Terraceという名のテラスがすっかり干からびたような風情に草が生えていたりしたものだから、まぁいいかとホテルに言ってしまうことにした。なんだかんだとトレイルをてくてく歩き回り、すっかり疲れていたという話も。

テレビもないしバスタブもないけど〜「Mammoth Hot Springs Hotel」

ホテルにチェックインし、山のような荷物を部屋に運び入れる。食料を車に積みっぱなしにすると熊などに車が襲われる危険があるし、第一凍ってしまう可能性もある。何ガロンもの水のボトルと炊飯器、段ボールに入った食料を衣類のバッグと共に部屋に運んでもらった。チップ多め。変な荷物ばっかですみません……と恐縮してみたのだけど、周囲を見ると似たような大荷物のお客は案外と多いのである。クーラーボックスを持っているのはあたりまえ。すれ違った宿泊客のナイスバディなおねぇちゃんが持っていたプラスチックバッグには、日清のカップ麺がごっそり詰まっていたりした。みんな、けっこう我が家と似たような事を考えているようだ。

2階の部屋は、ダブルベッドが2つと鏡台を兼ねたチェストが1個あるくらいの狭く簡素なものだった。ベッドサイドにライトが1つ、あとは天井に電球1個の可愛らしいライトが1つ。つけてもあまり明るさを感じず、さぞ夜は暗いんだろうなという感じ。かろうじて電話はついているけれどテレビはなくコーヒーメーカーなども当然なく、バスルームにもバスタブがなくシャワーのみ。清潔ではあるけれど、全体的にふるめかしい雰囲気漂う部屋だった。でも、国立公園の宿ってこんなものだしね、とも思う。洗面台には熊の形の石鹸が置かれていた。

夕食は、ホテルダイニングで。別棟になっていて、広々とした天井の高いそのレストランは最近建てられたかリニューアルされたかのように思われる。並んでいるメニューは、創意工夫を凝らしたもののように感じられ、期待感が高まった。トラウトやサーモンなどを使った魚介料理もあるし、バーベキュー料理やステーキも。ワインリストを渡されると、「あー、こういうレストランって久しぶりかも」と嬉しくなってくる。
非常にビミョ〜な味でした

……が、出てきた料理は笑ってしまうほど「個性的」なものばかりだった。
グラスシャンパンを舐め舐め、頼んだ料理も確かにちょっと独特なものだったかもしれない。でも、それにしたってこんな個性的な味はそうそうないんじゃないかという独創性に溢れていた。その独創性が良い方向に転んでくれれば良かったのだけど、悪い方向に転がっちゃったみたいな料理。

サラダは、にんじんや玉ねぎが入っているレタス主体の普通のもの。追加で頼んだオニオングラタンスープは、しっかり炒めた玉ねぎの味がちゃんとする、ジャンクな風味の薄いもの。とろけたチーズと浮いたパンがアツアツで美味しかった。メインディッシュにも期待し、やってきた美しい色合いの肉にナイフを入れ、
「……?」
「……??……??」
と、だんなとゆっくり視線を交わす。

決して、料理に愛がないレストランというわけではなかった。たまに「料理作ってる人、料理することが好きじゃないのね。美味しいものを食べよう、食べさせようという思いも全然ないのね」としか思えないお店が存在するけれど(で、そういう店なら容赦なくブチ切れる)、この店はそうじゃないんである。料理が出てくるタイミングは非常に計算されていて、お皿もちゃんと温めてある。付け合わせだって、料理に合わせてこっちはポレンタ、こっちはピラフ、とあれこれ考えられている。それなのに……これは、なんというか……。
「……び、微妙な味だね……」
「うん……ビミョ〜……」
「どう微妙かは、まぁ食べてみて」
「うん、私のもだんな、ちょっと食べてみて」
自分の料理をつついた後、互いに「ビミョ〜」と呟いた私たちは、肉を一切れずつ交換し、「……やっぱりビミョ〜」と呟いた。

私の料理は、Huckleberry Brie Chickenというものだった。「ブリーチーズを乗せてグリルした鶏肉に、ハックルベリーのソースを添えました」みたいな説明文が書いてあったと思う。調理法、微妙な味つけによって、それは"鶏肉をこっくりしたチーズの風味で包み、それを爽やかなハックルベリーソースの酸味でどうぞ"みたいな料理になるのだと思う。でも、目の前にあるのは"臭みの強いブリーチーズ味満載の鶏肉に甘さ強めとろみ強めのハックルベリーのソースをデロンとかけました、不協和音も最高潮です"というシロモノ。チーズとソースが互いが互いを悪くしているような、最凶の組み合わせになっている。鶏肉を1切れ口に運ぶと、もやんとしたハックルベリーの風味が口中に漂う。直後にむわんと鼻まで押し寄せるのは、匂いの強いブリーチーズのインパクト。肉の味など少しも感じられない。

だんなの頼んだSmoked Pork Loinは、スモークした塊の豚肉をスライスし、黄色っぽいソースをかけたものだった。肉そのものは塩気が薄いけれど、ほのかに燻製臭漂う、悪くないものだ。歯ごたえも柔らかで良い感じ。しかし、こちらはソースがなんとも面妖な味に仕上げられていた。妙に酸味があり、そのくせやっぱり塩気は薄い。マスタード風味のようなそうでないような、でもなんだか酸っぱい「ビミョ〜」な味。オランデーズソースのような、ビネガーを入れて仕上げるソースもあることは知っているけど、目の前にあるのは知っているソースのどれにも当てはまらないような、味わったことのない味がした。未知の味を知ることは楽しいけれど、そっちの世界の未知の味はあんまり知りたくないんである、という類の味。

「……なんかさ。"気合い入れすぎて空回りしちゃって、本当は空の上に飛んでいくはずなのに地の下に潜っちゃった"……って味がするよ」
と泣き笑いな顔でだんなに告げると、
「……ふむ。卿(けい)は詩的な表現をするな」
と、誰の真似なんだそれはという口調で厳かに返された。卿って誰だ、卿って。君はラインハルトか。すると私はキルヒアイスか。ラインハルトとキルヒアイスが向かい合って国立公園で夕御飯か。おめでてーな。……と、現実逃避したいあまりに話が異次元に飛んでいってしまう。あー、肉がなくならないよー。

それでも数分後、メインディッシュはとりあえず綺麗に平らげた私たち。実は添え物もなかなか複雑怪奇な味で、美味しそうな野菜炒めはビネガー味がたっぷりだった。マリネした野菜というわけじゃなく、炒めた最後にビネガーをびしゃーっとぶっかけたような味。もやんとただようビネガー臭に悲しさが漂う。野菜はちょっと食べきれなかった。ごめんね野菜。調理した人を恨んでおくれ。
そんなこんなで私もだんなも口の中がもやもやとイヤな匂いで充満してしまい、デザートにと思わずレモンソルベ。さっぱりとした普通の味で、それゆえにすごく美味しいシャーベットだった。

「……」
「……」
「……あー。不味かった」
「だめだよだんな!せっかく今まで"不味い"って表現使わずに食事してきたのに、もー」

Yellowstone内 Mammoth Hot Springs Hotel 「Mammoth Dining Room」にて
私:
 French Onion Soup
 Huckleberry Brie Chicken
 Brut Krobel Glass
 Lemon Sorbet
だんな:
 French Onion Soup
 Smoked Pork Loin
 Brut Krobel Glass
 Coffee
息子:
 Macaroni & Cheese
 Ice Cream
 
$3.95
$15.95
$5.25
$2.75
 
$3.95
$16.75
$5.25
$1.95
 
$4.25
$1.50