5月10日(土) Yellowstone、てんやわんや

昨夜の悪夢からの脱却〜「Mammoth Dining Room」

旅行も9日目。さすがに潜在意識は色々と訴えたいことがあるらしい。
デパ地下でブリの切り身と豆腐とくずきりを買う夢を見た。

「デパ地下でね、美味しそうだなーって買ったんだよ。持って帰る途中で目が覚めちゃった……。食べてから目が覚めれば良かったのになぁ。もったいないもったいない」
起きるなりだんなに訴えたら
「君はそんなに日本食が恋しいのかね」
と大笑いされた。
別に、そんなに日本食が食べたいとは思っていないのだけど、私が自覚する以上に本能は魚をはじめとした日本の味が恋しいらしい。……多分、昨日の夕飯が散々だったから、というのも大きな要因だと思うけど。

「あのレストラン、すごい味だったけどね」
「でもまさか、オムレツまで酸っぱいとかハックルベリーソースがかかってるとかいうことはないよね」
「サラダやスープは美味しかったから……ねぇ」
と、決死の気分で今日の朝も昨夜と同じレストラン。なにしろ、卵料理ってしばらく食べてないのである。オムレツとかスクランブルエッグの味が懐かしかった。たまにはモーテルで食べるようなもの以外の朝御飯が食べたかった。
久しぶりの卵料理朝食 だんなはポーチドエッグでした

私は好みの卵料理とトーストとポテト、そしてソーセージかベーコンかがついてくるセット。だんなはトーストの代わりにビスケットとグレービーがセットになったものを注文した。一品料理1皿と同じくらいの金額でブッフェ朝食も食べられるようになっていたけれど、どうしても温かい作りたての卵料理が食べたい気分だった。どうせ息子が欲しがるし、と私の卵料理は息子の好物であるスクランブルエッグにしてもらい、ついでにフルーツ盛り合わせもつけてもらう。案の定、最初のうちは
「ぼくはねー、カリカリ(=コーンフレークのこと)だけでいいなぁ。それ、いっこでいいなぁ」
と主張していた息子が
「たまご、たまごちょうだい?あーん」だの、
「フルーツ、フルーツもたべたいな?あーん」と
欠食児童のように口をぱかんと開けて私の席に身を乗り出してくることになった。ああ、私のスクランブルエッグが大量に息子の口に……。メロンと葡萄を盛り合わせたフルーツサラダも大量に息子の口に……(まぁ、それこそ計算のうちではあったのだけど)。

幸いなことに、卵料理もポテトもベーコンもフルーツも、どれ一つ「ビミョ〜」と頭を抱える必要はないものだった。どれも普通に美味しく、久しぶりに食べた温かい卵料理の味は格別だった。だんなはだんなで、白くトロンとしたグレービーがかけられたビスケットを
「そうそうこれこれ。南部の味だよ。なーつかしぃ〜」
とモリモリ齧っている。旅行に出てきて思うことは、私たちは相当アメリカ南部の味が身体に染みこんでいるってことだ。各々しみじみシアワセだった朝御飯。

Yellowstone内 Mammoth Hot Springs Hotel 「Mammoth Dining Room」にて
私:
 Hiker's Special
 Fresh Fruit Salad
 Hot Tea
だんな:
 Biscuit and Eggs
 Hot Tea
息子:
 Cereal Cold
 
$6.25
$2.75
$1.35
 
$6.95
$1.35
 
$1.95

渓谷と泥温泉と〜「Yellowstone National Park」

見事な滝〜

・ Canyon Area / Lower Falls

本日最初に向かってみたのはCanyon Area。イエローストーン内の道路は"8"の形になっており、上をアッパーループ、下をロウアーループと言うらしい。間欠泉が集中しているのはロウアーループの特に西側。キャニオンエリアは、ループのつなぎ目の東側に位置していた。車を走らせていると、そのうち「ここはイエローストーンのグランドキャニオンです!」なんて看板が立っている。
「またまたー」
「そんな事言っても、大したことないんじゃないのぉ?」
なんて軽口叩きながら向かったのだけど、駐車場に車を止めるやいなや、眼下にすごい崖が見えて「どっしぇー」とのけぞっている私たち。

深く切れ込んだ谷は、確かにイエローストーンのグランドキャニオンなのだろう。ざっくりとえぐれた岩肌の遙か下をYellowstone Riverが流れているのが細く見える。展望ポイントから右を見れば、落差が93mあるというLower Falls。更に上流に行けば落差33mのUpper Fallsもあるらしい。
「いやー……すごいね」
「大したことないだろう、なんて言ってすまん、って感じだね」
と、目の前の景色にすっごいねぇとため息つきつつ、その高さに足がビビッてがくがくしてきてしまう。このあたりは雪も多く、息子が必死になって雪合戦を挑んできたけれど、崖の上で雪合戦なんて、おかーさんはできません。

・ Canyon Area / Mud Volcano

この「泥感」がたまりませぬ 滝を眺めた後は、そのまま川に沿って上流に行く形で南に走る。数マイル行けば、Mud Volcano Trailという、一周1kmほどのトレイルがある。
公園の中でも酸性度が強いエリアで、いわゆる"卵の腐った匂い"が充満しまくっている。断層が多く認められ、地震が多い場所らしい。澄んだ綺麗な色の温泉の池が多く認められるこの公園内で、最もどろんどろんな泥風呂チックなものを見られるポイントがここのようだ。私、綺麗な色の温泉も好きだけど、泥温泉も大好きじゃけぇ。見るだけより入る方が好きなんだけど……と呟くと、「君は全身火傷したいのかい」とだんなにため息をつかれた。

トレイル中、最も有名なのはスポット名にもなっているMud Volcanoなのだろう。でも、それはあまり泥感が強くなかった。確かに泥の池で濁ってはいるけれど、あまり粘度は強くなさそう。その昔、高さ9m横9mほどの勢いで大噴出し周囲の木々を泥で染めたことがあるらしいけど、今は静かな泥の池だ。私が
「まぁ♪」
とへばりついてしばらく離れなくなったのはGrizzly Fumaroleというポイント。直径5cmくらいから50cmくらいまでの穴が泥の中にぽこぽこと点在していて、いくつかの穴から時折「べほっ」という音と共に泥がぺっと吐き出されてくる。周囲は飛び散った泥が微妙な模様を造りあげていて、そうよそう、この泥感よ、と一人納得している私。ちょっと覗くと、泥がんぷーっと膨らんでくるところだった。ああ、面白い。なんか楽しい。

トレイルの最後はDragon's Mouth Spring。洞窟状にえぐれた岩の奥で、ばじゃばじゃと泥が沸き上がる音がし、猛烈な蒸気と共に手前の池溜まりにベハーッと吐き出されてくる。風の通るゴォゴォという音や、そのベハーッとくる感じは確かにドラゴンの口かもしれない。乾燥している台地の中、湯煙の中だけが湿気が充満。今日も防寒装備を調えているけれど、コートやセーターがじっとりと湯気で濡れてきてしまう。しかも硫黄臭い。

Mud Volcano Trailを堪能した後は、Old Faithfulへ。今日はぐるりと8の字型の道路を左上から右下に進んだ形になっていて、書き順をなぞるような流れで左下にあるOld Faithfulに向かう。1つ1つのポイント間が軽く20マイル前後はあり、しかも山道だったりするので案外と時間がかかる。Old Faithfulに戻ってきたときには、すっかりお昼時だった。

今日は、園内のおおむね全ての道路が開通した直後の週末ということもあってか、かなり多くのお客さんが訪れていた。中心地であるOld Faithfulはあからさまに昨日より多くの人が集まっている。学校のイベントなのか、何十人もの子供達のグループもいたりする。
昼御飯は、土産物屋に隣接したファーストフードっぽい店で。メニューを見ると、ピザとパニーニと……と、どことなくイタリアン。定番のハンバーガーやホットドッグはないらしい。よくみると、店名もしっかりイタリアンだった。 今日は土曜日ということもあって、園内は昨日よりも圧倒的に多くの人が訪れているようだった。昨日はあんまり人とすれ違うことのなかったトレイルも、今日はざくざく人と会う。飲食店などがあるエリアの駐車場にも多くの車が止まっていた。
昼御飯は、今日の宿泊予定でもあるOld Faithfulという一番賑やかなエリアにあった、土産物屋に隣接したファーストフードっぽい店で。メニューはピザとパニーニと……と、どことなくイタリアン。店名もしっかりDella Suprema Pizzaとイタリアンな風情。

既にできあがっているピザが箱に詰められ、棚に置かれている。パニーニも、温かいものなのかと思ったら、既にできあがった冷たいものが冷蔵コーナーに置かれているだけ。スープだけはその場でよそってくれるのだけど、やけに陽気な店のおっちゃんは
「チリだよ、チリがあるよ。チリがねー、うまいんだよ」
と、よっぽどチリがおすすめらしく(それとも売れないらしく?)チリチリ連呼している。ごめん、私は"本日のスープ"であるクラムチャウダーが飲みたいんだ。

ちょっとばかり(いや、かなり)作り置きっぽい味がしたピザは、直径20cmほどの丸いのに4等分の切込を入れたもの。具は山盛りチーズとトマトソース、それだけ、というシンプルなもの。息子と半分こして齧りつつ、ピザ半量じゃ足りないのでだんなのパニーニも横から齧る。巨大な業務用缶詰を開けただけのような、ジャンク味漂うクラムチャウダーとレモネード。クラムチャウダーのみならず全体的にジャンク感溢れた昼御飯だったけれど、とりあえず空腹は癒されたので午後もトレイルに出発だ……と、その前におみやげ物屋、ちょっと見せて〜。

Yellowstone内 Old Faithful 「Della Suprema Pizza」にて
私:
 Cheese Pizza
 Soup du Jour
 16oz Soda
だんな:
 Panino Beef Sandwich
 Hot Coffee
息子:
 Coke
 
$5.00
$3.75
$1.39
 
$6.95
$1.50
 
$1.19

どこのお土産物屋も似たようなもので、どこにでもあるのはその公園のロゴが入ったTシャツとか野球帽とか絵葉書とかキーホルダーとかマグネットとか。先住民の工芸品とかその地方の果物のジャムとか木彫りの熊とか、見ている分にはまぁまぁ楽しいけれど、日本のお茶の間には甚だ似合いそうにないものばかりだ。ふーん、と思ってみていると、「お、これはちょっと好みだぞ」というポストカードと目が合った。

切り絵のような版画のような、更に言えば「プリントゴッコで多色刷りしたみたいな」、渋い色使いのイラストチックな国立公園のカード類。イエローストーンだけじゃなくて、ザイオンとかグランドキャニオンとかアーチーズとかデビルズタワーとか、嬉しいことにテネシーにあるグレートスモーキーマウンテンのカードまである。Ranger Doug's Enterprisesというところがシリーズものとして作ったものらしく、Series 2までが売られているようだ。セットになっているものもあるけれど、こちらは葉書じゃなくて折り畳みのカードと封筒のセットになっており、かなり値段は高め。
「バラ売りの葉書がいーのよねー」
なんて言いながら20種弱あるカードのうち、行ったことのあるところだけを買ってみた。軽くて安くて良い土産。

Yellowston内 Old Faithful ギフトショップにて
切り絵風ポストカード
7×$0.30

・ Fountain Paint Pot Area / Fountain Paint Pot Area Trail

ここもいーい感じの泥感が…… 午後、最初に行ってみたのはFountain Paint Pot Area。DNA研究におおいに役だっている、好熱性のバクテリアが発見されたのがこのエリアだとか。高熱かつ強酸の泥の中だけにいるらしい。他の場所でもけっこう見かけた"Bacteria Mat"は、ここでは特に一面に広がるように眺められた。独特の模様がついた、たぷんたぷんとした柔らかそうな印象の泥の床の上に橋状のトレイルがかかっているのだけど、その地面はオレンジだったり赤だったり緑だったりと妙に色彩豊か。だんなが嬉しそうにその泥地を眺めている。
一周0.5マイル(0.8km)のトレイルには、間欠泉も多く存在している。あまり活動しているものもなく、淡々と横を歩いてから、ポイント名にもなっているFountain Paint Potへ。ここ、初夏は雪や雨のせいで薄くさらさらとしており、晩夏にはドロリとしたものになるのだとか。泥感が強いものが好きな私は、ここには晩夏に来るべきだったらしい。粘度が強くなったら破裂した泡がトレイル上にも降ってくるかもしれないから気をつけろ、とトレイルマップに書いてある。

Paint Potとは良く言ったもので、一面の泥が広がる泥温泉は緑や薄いピンクなど、白っぽいその表面に微少な色がふわふわと散っているような印象だった。そこかしこでぷわっぷわっと泥が湧き出てきて波紋を作っている。隅の粘度が高そうなところは煮すぎたカレーのようにボコンボコンと泡が出て弾けていく。やっぱり面白い。

・ Fountain Paint Pot Area / Midway Geyser Basin

世紀末な光景っぽいかな、とか 次に行ったMidway Geyser Basin。ここには園内最大の温泉であるGrand Prismatic Springがある。湯気に隠れて一体どのくらいの広さと深さの温泉なのか検討もつかないけれど、青く澄んだ温泉がちらりちらりと見える。周囲はバクテリアの色だろうオレンジや赤茶色の模様がつけられ、溜まった水が周囲の光景を映している。なんかこう、動物や人が住む世界の光景じゃないなぁという印象があったのだけど、よく見るとそのバクテリアマットにはしっかり動物の足跡がついていたりするのだった。

このあたり、高台にある温泉から湧き出た湯がじゃばじゃばと水流となって、脇を流れる川に注いでいる光景が頻繁に見られる。あの、川の水と温泉がいりまじったあたりなんか、さぞ気持ちいい温泉なんだろうなぁ……と指をくわえて眺める私。川に流れちゃう分だけでも、風呂桶にいっぱい溜めて水で薄めてつかりたい。つかりたいったら、つかりたい。イエローストーンは、日本人には酷な場所だ。

・ Old Faithful / Biscuit Basin

貝と言われれば……貝、かなぁ Midway Geyser BasinからよりOld Faithfulに近づいたところにはBiscuit Basinがある。もう、このあたりは間欠泉を見るポイントだらけだ。眺めていると、
「けっこういい加減に名前つけてるだろう」
と公園に詰め寄りたくなるような間欠泉や温泉の名前があったりする。名前がついているもの以外にも道路脇にもくもくと湯気がたっているのがあちらこちらに伺える。

色の美しさで知られるSapphire Poolを眺め、いくつかある間欠泉を見て回る。Sapphire Poolは、今日が曇り空だということもあってか、綺麗は綺麗だけど初日に見た温泉の緑の美しさほどには感動を覚えなかった。色の綺麗な温泉を見るには、青空であり太陽光が照っていることが必需なのかもしれない。「うーん、綺麗なんだけどねぇ、綺麗なんだけど」と、もしかしてその温泉の色の美しさに自分の目が慣れて鈍くなってきているんじゃないかという感じ。
ここにはJewel GeyserとShell Geyserが歩道を挟んで左右にあるのだけど、どちらも元気よく活動中だった。調べると、Jewel Geyserは5〜10分おきに噴出があり、Shell Geyserは1.5時間〜数時間に一度の割合で噴出があるらしい。Jewel Geyserは「ほ……宝石?」と首をかしげたくなる名前と外見のギャップがあったけれど、Shell Geyserは確かに言われればそうかもという、大きな二枚貝が開いたような色と形をしていた。Jewel Geyserが活動してシパパパパーっと高さ数メートルの噴出があったかと思うと、Shell Geyserからもシュパーッと水が沸き上がり、飛び散っていく。噴出が始まる前のShell Geyserはおとなしいもので、中央の穴底深くで水が沸くボコボコという音と湯気が出ているだけだっただけに、その落差が楽しかった。今日も、花火見物な気分で
「でたー!」
「やったー!」
と吹き上がる水を眺めた。

世界最大のログキャビン〜「Old Faithful Inn」

歴史を感じさせるねぇ…… 今日の宿は、Old Faithfulにあるでっかいログキャビンが目立つ宿、Old Faithful Inn。一番古い棟は20世紀初頭に作られており、中央のそのレセプション棟は世界最大のログキャビンだそうだ。中に入ると、6階分ほどのフロアをぶち抜いたような、めちゃめちゃ広い吹き抜けの空間が作られている。石造りの巨大な煉瓦が中央から屋根に向けて一直線にのびており、2階と3階はテラスのように吹き抜けに向かって椅子が並べられている。夕方過ぎて、宿泊客と非宿泊客が入り交じって各々木製の椅子でくつろいでいた。

この宿の写真を見てから、いつか泊まってみたいねと言っていたホテルだ。今シーズン、昨日の宿泊分が初めての営業だったはずだ。今日は営業2日目。色々とわやくちゃしていた。ホテルのスタッフが過剰なのか足りないのか、今ひとつわからない。なんとなく皆ぱたぱたと動いている。
予約を入れたのは、本館のログキャビン側ではなく、コンクリ造りの安めの新館。バス・トイレつきということもあってか一泊131ドル。今回の旅行で最も高い1夜の値段だ。

さて、荷物がいっぱいあるんだけどベルボーイさんはいるのかな〜、と見渡して、だんなが新人らしい男の子を捕まえてきた。なんとなくそわそわと歩いていたそうで、
「ベルサービス、頼める?」
と聞いたら
「はい、よろこんで!」
と満面の笑みでついてきたらしい。あ、でもごめんなさい、荷物、すっごく大量なんだわ……とロビー脇に積み上げた大量の荷物を指さしたら、お兄ちゃん、その笑顔のまま3秒ほど硬直してしまった。それでもめげず、カートを持ってきて荷物を積み、部屋まで運んでくれた。部屋の番号を告げると、
「あぁ、それは、とても良い部屋です。僕、その部屋大好きなんですよ」
と、これまたにこにこ。一体どんな部屋なんだろ、と思っていたら、ロビーからひたすら歩いて歩いて歩いて歩いた増築数度目くらいじゃないかと思われる新しい棟の奥、角部屋に案内された。
クッションがなにげに良い感じ

それのすぐ近くに位置している建物とはいえ、残念ながらOld Faithful Geyserは見えない部屋(見える部屋はそれはそれは高値らしい)。窓が2面についた眺めの良い部屋で、日が暮れていく空が良く見えた。小さなダイニングテーブルつき、チェストつき、電話つき、ダブルベッドが2つにバス・トイレつきの申し分ない部屋だ。昨夜の宿と同じく、洗面台には熊の形の石鹸つき。1個ずつクッションがちょこんと乗ったベッドのカバーは、バイソンや鹿やオオカミなどのイラストの模様がついた可愛らしい柄だった。

夕食までちと間があるしちょっとロビーを探検してみようかと、部屋を出た。2階にはエスプレッソ屋台が出ていて、そこでエスプレッソとチャイを購入。3階から吹き抜けのロビーを見下ろしながら古めかしい木製のベンチに座ってあったかい飲み物を啜った。暖炉はまだまだ稼働中で、暖炉の前の揺り椅子なども人気のポイントらしい。真冬のテネシー並には寒い、5月のイエローストーンだった。
高い高い天井近くには、6畳ほどじゃないかと思われる小さな部屋がある。3階から細い階段を上り、更にその部屋に至るためだけにある細い廊下を通り、更に階段を上る。秘密基地のようなその部屋は当然上ってみたい気持ちが沸き上がるというもので、「行ってみよう!」と近くに行ってみたところ、その入口はロープで閉鎖されていた。そこには「the Crow's Nest」と名のついた看板が掲げられている。この建物をデザインした建築家の子供時代の夢を実現したものだ……みたいな事が書いてあった。後に調べたところによると、この宿がはじまったほんの初期の頃に、そこにミュージシャンが入って生演奏を流していたりしたらしい。

ついでに、ギフトショップをまた覗く。ホテルの脇に、現在新築中(あるいは改装中か)の、店の周囲が工具や盛り土だらけで工事中状態になっているギフトショップがあり、「現在営業中、セール中」なんて垂れ幕がかかっていたので覗いてみた。中には、60%OFF表示のついたTシャツがいっぱい。全てイエローストーンのTシャツで、あれこれロゴやイラストが入っている。
「おぉー。お土産以前に、1枚5ドルのTシャツってけっこう嬉しいかも」
「部屋着にしてもいいしねぇ」
「元値が23ドルくらいしてるってだけに、けっこう縫製も良さそうだし」
と、家族でその棚を大物色。結局私とだんなが1枚ずつ、息子は2枚のTシャツを購入した。胸にワンポイントがついた地味〜なやつとか、バイソンのイラストつきのアースカラーのやつとか。

Yellowstone内 Old Faithful ギフトショップにて
子供用Tシャツ
子供用Tシャツ
大人用Tシャツ
大人用Tシャツ
$12.50→$5.00
$12.50→$5.00
$19.50→$7.80
$22.50→$9.00

そして部屋に帰って再びちょっと一休み。6時半になったので夕食を摂りに行くことにしよう。

オープン2日目だしね……〜「Old Faithful Inn Dining」

夕食は、このホテルのダイニングで。宿の予約を済ませた後にこのホテルから届けられた予約確認書を見たところ、
「ディナーは予約が必要ですよー。お早めに」
と書いてある。しかし、予約を受付始めるのは今年の営業が始まってから……とあったので、昨日イエローストーン入りしたときに「明日泊まる予定なんだけど」と、ディナーの予約を入れてもらったのだった。

時間通りに6時半にレストランに訪れると、店は既に大混雑。受付では予約を持たない人たちが相談していて、「そうね、今からだと8時半というところかしら」なんて言われていた。大盛況だ。だが、その大盛況ぶりにスタッフが全然ついていってない様子で、変な具合に思い出に残る夕食になってしまった。

予約している旨を告げると、すぐにテーブルに案内されてメニューが渡された。テーブル担当の人ではなく、全体的な雑務をやっているらしい店員さんが水を入れに来てくれたが、私たちはその後20分以上も放置プレイ。誰がテーブル担当なのかもわからないまま、料理の注文どころかドリンクの注文さえできない状態。目の前にあるのは水とメニューだけという状態がえんえんと続き、だんなの顔はどんどん険しくなっていく。あとこれが5分続いたら席を蹴り飛ばして帰るぞー……という心境になった頃、ついにテーブル脇をネクタイ着用のちょっと偉そうな人が通りかかった。すかさずとっつかまえ、
「20分待ってるのに、だ〜れも来ないんだけど!?」
と語気荒く訴える。そうして、その十数秒後にやってきたのはテーブル担当らしい若いおねぇちゃん。
「ごめんなさい。気付かなかったのよ」
なんて言っているけど、彼女はついさっき、すぐ隣のテーブルで5分以上もにこやかにお客を談笑していた人だった。彼女の視野は前方30度くらいしかないのだろうか。だったら接客業なんかやらない方がいい。こちらもいい加減苛立っているので、言葉もどんどんきつくなる。
「あ、そう。気付かないのは勝手だけどね、僕らは20分以上も待ったんだから。ドリンクはこれね。料理はこれ」
と全てのオーダーを告げる。

どうもそのおねぇちゃん、新人らしい。注文したところでちょっと落ち着いて周囲を見渡すと、別のテーブルではそのおねぇちゃんとお客が計算違いか何なのかレシートを前になんだかんだと話し合っている。私たちのテーブルだけがサービスが遅い・悪いというわけではないようで、メインディッシュがやってきた10分後くらいにパンがやってきているような(普通は前菜の前か同時くらいに出てくるべきもの)テーブルもある。彼女の担当するテーブルに限らず、よくよく観察するとどこもけっこうしっちゃかめっちゃかだ。私たちが食事を終える頃くらいにやってきた女性客グループは、ドリンクはすぐに出てきたもののサラダもスープも来ないで20分以上もやっぱり放置プレイ。フロアは盛況だけれど、お客の何割かは険しい顔になっていた。もう大変。

さすがにフロアの状況が変だと気が付いたのか、ネクタイ兄ちゃんは新人おねぇちゃんと一緒に給仕し始めた。私のテーブルには、ネクタイ兄ちゃん自らサラダとスープを持ってきた。おおー、苦情言ったらいきなり接客がスピーディーになったぞ。
とりあえずなにがしかの食べ物がやってくると心も落ち着いてくるもので、新人おねぇちゃんの仕事ぶりをちらちら見ながらスープを啜る。うわー、今度やってきたのは16人くらいの団体のお客さんだ。ああ、もうおねぇちゃん、笑い顔が出てこない。ひきつっている。息子のフライドポテト用にと「ケチャップくれる?」と彼女が通りかかったときに伝えたら、「Sure」と言ってすぐに去ったは良いけれど、そのまま脳裏からケチャップはスコーンと抜けちゃったらしく、十数分も経過してから、
「何かご用はないかしら?」
なんて聞いてくる。いや、ご用もなにも、だからケチャップ……と告げると、「うわぁぁぁ!」てな感じに口を開け、ぱたぱたと走り去った。もう怒りというより哀れというか「大変だなぁ」という心境になってしまいつつ、だんなが苦笑いして肩をすくめたところ、これまたたまたま通りかかったレセプション担当の女性がそれを目撃したらしく、そそそそ、と近寄ってきた。

「何か問題が?」
とのことだったので、いやね、今はケチャップ頼んだだけなんだけど、20分以上も最初待たされてね。いや、もう事は解決したから問題ないよ……と正直に告げると、
「本当にごめんなさいね。デザートをサービスするから、好きなものを食べていってね」
と頭を下げられた。ありがたく最後に無料デザートを頂戴してしまうことに。
味は良かったんだけれども

料理の味は至極まともなものばかりだった。昨夜の悪夢が心にこびりついていることもあり、あまり奇をてらったものは頼まないようにした、というのもある。何しろここの宿も昨日の宿も、経営母体は同じなのだ。
プライムリブは柔らかで肉汁たっぷり。付け合わせのさやいんげんの炒めものも、レッドポテトもグリルも、ごくごく普通に美味しかった。メインディッシュのセットになっているスープは、牛肉と野菜入り。薄めのビーフシチューといった風な味で、これまた素朴な素直な味。遠慮なく、といただくことにしたデザートはティラミスにしたのだけど、日本で食べるそれの4倍量ほどの大きさがあった。マスカルポーネチーズはねっとりと甘く濃く、確かティラミスってのはエスプレッソのほろ苦さが効いたデザートだと記憶しているのだけど、これはチョコレート風味のティラミスだった。上には刻みチョコがたっぷりだ。チーズ生地の間にはスポンジが挟まっていたりして、
「これは……"ティラミス"ってより"ティラミス風アメリカンデザート"って感じだね」
と、また苦笑い。でも、決して不味いもんじゃなかった。量は凄かったけど、美味しかった。

私たちが食事を終える8時過ぎには、ますますフロアはてんやわんや。どうも厨房も大変なことになっているようだ。本来、彼女の仕事じゃないはずのレセプションのおねぇちゃんまでがフロアにやってきて皿片づけなどをしている。最初は少しは余裕があったテーブル担当のおねぇちゃんも、ひきつった顔で必死に動いているという感じ。私たちのテーブルに来るときには、「また何か言われやしないかしら」という、脅えた子鹿のような目つきになっている。テーブルに来るたびに、
「遅れてごめんなさい。本当にごめんなさい」
「ああ、また遅れちゃってごめんなさい。……あの……キッチンもね、大変なの。デザート、もっと早く持ってきたかったのよ」
てな感じにプルプルとしてしまっている。……いや、もう怒ってないしね、気にしてないから。がんばって、と逆に励ましている私たち。なんで20分放置してくれた人を私たちは一生懸命なだめて「がんばれー」とか言ってるんだかなぁ。

「知ってるよ。オープン2日目なんだよね。今日、最初の週末だしね」
と苦笑いまじりでdんなが言うと、
「ええ、そうなのよ。私もここで働きはじめて2日目なの……本当にごめんなさい」
ぎこちない笑顔で返してくれた彼女の目は、もうほとんど泣いている。ああ、だからがんばれー。あと何時間かでこの戦場も終わるから。

Yellowston内 「Old Faithful Inn Dinint」にて
私:
 Kurant Cocktail
 Prime Rib Au Jus
 Tiramisu
だんな:
 Sauvignon Blanc, Kenwood
 Hand Cut New York Strip Steak
 Hot Fadge Sandae
息子:
 Jr. Mac & Cheese
 Milk
 
$5.00
$18.25
 
 
$5.25
$20.95
 
 
$4.25
$1.55

あと数ヶ月したら、きっと今日の彼女も辣腕給仕人になっているんだろうなと思う。夏のトップシーズンには全体的にこなれたものになるのだろうけど、今日はとにかくホテル全体がこんな感じにてんやわんや。

部屋のトイレットペーパーが、チェックインした時点でほとんどなくなりそうな状態だったので
「ペーパー、なくなりそうなんだけどー」
と言ったら十数分後にレセプションの担当らしき女性がペーパーを2個持ってきて、その更に数分後にはハウスキーピングの制服を着た女性が更なるペーパーを2個持ってきれくれちゃったりもした。1900年の始めからあるという古い古い宿だけど、きっと毎年5月の初旬にはこんな営業開始のどたばたをやってるんだろうなぁ……と、新規オープンしたばかりのホテルみたいな妙な感覚を味わってしまうことになった。これもまた、貴重な体験かもねぇ、と部屋に帰って大笑い。

明日は楽しかったイエローストーンを後にして、数日かけてデンバーへ戻る予定。
早くも米の飯が微妙に恋しくなってきたところだったので、明日の昼御飯用にと炊飯器のタイマーをセットした。