食欲魔人日記 00年12月 第1週
12/1 (金)
豚ひき肉と刻み野菜のカレースープ
納豆
御飯
アイス烏龍茶

今日から3日間、私たちは香川へ行く。ただただ本場のさぬきうどんなるものを食したいというだけのために、ANAの「超割」を使っての旅行だ。交通費に4万円強、高松市内の安めのホテルに予約を入れて宿泊に2万円強、それだけ使って食べに行くのが1杯たかだか200円のうどんだというのが情けない。情けないけど私たちの気合いの入りようはなかなかにすごかった。

小さなスーツケースの中には『恐るべきさぬきうどん』((株)ホットカプセル)1〜4巻及び文庫版。香川県の道路地図にチェックリスト。モバイル端末とデジタルカメラ、ついでに胃薬も詰め込んで準備も万端だ。幾人かの方からメールでアドバイスも頂戴したし村上春樹のうどん旅行エッセイもしっかり読んだ。情報満載で頭を振ったら耳の中から「うどん」という文字がこぼれてきてしまいそうだ。

というわけで、午前6時半、起床。
熟睡している息子を起こすのはかわいそうで、だんなと二人そそくさと白米をかっこむ。私は冷蔵庫に残った納豆をねりねりしてぶっかけて食し、だんなは
「御飯余ってるんだー。しょうがないなー。しょうがないから牛丼でも食べようかなー。」
と今日も何だか嬉しそうに吉野家の冷凍牛丼を温めてかけていた。しかも大盛を。

銀座 スワンベーカリーの
 クリームパン
 たまごドーナッツ
 ミニサンドイッチ
スープ

午前9時50分発の飛行機に搭乗するべく、朝の銀座をばたばたと歩く。東銀座の駅から都営線経由の京成線に乗って空港に行こうという算段だ。道中に、会社の近くだということでさんざん買いなれていた「スワンベーカリー」の看板が見えたので、ここで息子の朝御飯を買うことにする。だんなにもここのクリームパンの美味しさを知ってほしい。

クリームパン、昔ながらのサクッと揚げられたドーナッツ、小さな8切れの4種サンドが詰まったサンドイッチのパックを1つずつ買い、それを飛行機が飛び立つやいなや息子と一緒に分け合って食べる。傍らには機内サービスで出されたコンソメスープ。飛行機の中で飲むこのコンソメスープって、何だか妙に美味しく感じられて好物なのだ。機内食も出ないしね、と飲み物いただきながら食べたパンは駅弁のようでちょっと楽しかったりなんかして。

12:30 綾上町 山越にて
 釜玉・大 \230
 蓮根の天ぷら \90

さて午前11時半、めでたく無事に高松空港に降り立った私たち。
丁度紅葉まっさかりの香川県は、道路の周囲に点在する建物以外は田畑と山で構成された何とものどかな風景だ。だんなにその感想を伝えると、
「そうだね。田畑と山と、そしてうどん屋で構成されている県なんだよ。」
と尤もらしい口調で答えてくれた。

レンタカーを借り、一路1件目のうどん屋さんへ。目指すは空港近くにあるらしい「山越」なる製麺所型うどん屋の最有名店だ。時間は12時を回ろうとしている。午前から昼過ぎにかけてピークを迎えるうどん屋営業時間において、今の時間は若干シビアだ。急げ急げ急げ、と道路地図を振り回して急ぐも、途中道を間違えたりしつつ12時半にようよう到着。

着いてみると巨大な駐車場が2つはあるわ、1時までと聞いていた営業時間は1時半までとなっているわで何だか大変なことになっている。駐車場には続々と車が来て、そして去っていく。金比羅様のお参りルートででもあるかのようだ。一見普通の民家の横にプレハブ造りの製麺所。皆そのサッシの扉から中に入り、どんぶりを持って横の民家側に移動していく。民家の前にはベンチが沢山置かれており、そこで皆がずるずるとすすっているのは当然うどんなのであった。……写真で見たとおりだし本で読んだとおりだけど、何だかすごい光景だ。

10人ほどの列を並んで、「釜玉の小と熱いかけの大」を注文。オプションで天ぷらが1個90円で乗っけられる。出てきたのは何故か大小間違えた「釜玉の大と熱いかけの小」だったりして、おばちゃんが取り替えてくれようとしたりもしたけど気にせずいただいたものを食べちゃうことにする。どちらでも好物であることには変わりないし。麺を延ばしていたお兄ちゃんが「これ、子供さん用ね」と小さなどんぶりを貸してくれた。

釜玉の大。どんぶりにはツヤッと白く輝く茹でたての麺が鎮座ましましていて、生卵が絡んでいる。刻み葱がわっと乗せられているそれに、好みで「かけだし」や「つけだし」、「薄口醤油」などをかけて食すのだ。どんぶりを持って民家側にいそいそと進んでいくと、簡素なテーブルに「熱いだし」と張り紙のされただしタンクが置かれている。横には醤油の瓶もいくつか、そして巨大な味醂のボトルに入って同じく張り紙された「つけだれ」が。水を入れるのもだしをかけるのも全部セルフサービスだ。狭いベンチの席でよろよろしながらだしをかけ、写真を撮る。いただきます。

ツルツルツルツルーっとひっじょーに滑らかなうどんだ。うちで旨いうどんと言ったらカトキチの冷凍うどんくらいしかまっとうに食べているものがないので、比較対象はカトキチになってしまうけれども、喉ごしの良さはカトキチの比じゃない。ただ、コシはというとそれほどのものではなく、ねっちりしているけど素直に噛み切れるくらいと言うか。

つけだしはやや甘口で、私にはそれが丁度良かった。卵の黄身と甘辛いだしの絡んだ2玉(大はうどん2玉である)をずるずると流し込むと、えもいわれぬ快感がそこにある。いやーん、美味しーい。息子も顎の下をドロドロに汚しながらうどんと大格闘中だ。

そして、うどんの食感やだしの味とまた合うのが天ぷらというオプションなのである。見た目イカ天だったので摘んで入れた天ぷらは実は巨大な巨大な蓮根の天ぷらで、それはちょっとショックだったけれども天ぷらとだし、とても良く合う。もりもりいける。クィーンズイーストのYさんからは「天ぷらを取り過ぎないのがポイントです。グッとこらえてこそ明るい明日があるのです。」とメールでアドバイス貰ってしまっていたけど、天ぷら見たらどうしても取りたくなっちゃいます人として。この油加減とさっぱりしたうどんとだしの調和が最高なのです。

だんなと交換しつつ、「かけ」も堪能。ゆがいた麺にこちらも刻み葱、上には海老のかき揚げをこちらは乗せている。「熱いだし」「冷たいだし」があるので、それは適宜自分で選んでかけて食す。熱いだしを入れただんな。
こちらはいりこの風味がするあっさりしただし。甘さはあまりなく、それがまたさっぱりと天ぷら衣に合うので衣をどっぷりつけてわしわし食べられてしまう。ツルーッとしたうどん、やっぱり美味しい。

親子3人で3玉のうどんをたいらげ、速攻で次なる場所へ。讃岐の昼は短いのだ。

13:00 綾上町 池内にて
 ひや・小 \100

次なる刺客、「池内」なるところへ向かう。何でも先の「山越」の近くらしいけど、本に載るマップじゃほとんど場所がわからない。
「どの道だって?」
ハンドルを握って尋ねるだんなに、しょうがないので『恐るべきさぬきうどん』を音読する。
「山越に行く……途中までは同じ道や。右に入ったら山越、しかーし今日はこの交差点を左に曲がる。この道沿いの右側に、看板が放ってあるはずや。」
読んでもさっぱりわからない。そういう本だ。

はたして、なんとか「うどん」と書かれた看板が見つかった。「うどん」の真横に、申し訳程度の「池内」の文字が小さく踊る。「うどん」が120ptだったら「池内」は20pt、そんな感じの看板だ。道路向かいの民家の前のスペースにごめんなさいよ、と車を止めてサッシの扉をガラリと開ける。作業員風のおっちゃんらが3人ほど座っていて、
「あ?うどんなら出て脇を入ってきてください」
との事。も一度外に出て、看板を眺め、周囲を見渡すと看板の脇に家と家の間みたいな細い道が奥へ延びている。その先に落ちくぼんで見えるのは池だ。「ここの鯉はうどん喰うんか!」と紹介されていたあの池だ。うどんを喰う鯉が生息している池を左手にして店側を見やると、お兄ちゃんが一人うどんを喰っていた。「1玉100円」、非常にシンプルな値段表がかかっている。ガッタガタなテーブルにガッタガタな椅子。製麺所の隅に申し訳程度に作った粗末な食事処だ。

「あついのと、冷たいのと、1玉ずつ下さい。」
と注文。これでお代は200円。ラーメンどんぶりにうどんの玉、上にぶわっと葱がかかり、だしもかけられたやつが出てきた。甘さ少なめ、醤油も少なめのさっぱりだしに縦にスーッと筋に入ったようなエッジの立ったうどんが入っている。ツヤツヤしていてこれまた美味しそう。冷たいのをすすると、シャキーッとしたうどんが喉を滑り降りていく。強いコシがあって、かなり美味しい。だんなの熱いのは熱でちょっと柔らかにくねっとしてはいるけど、それでも強いコシのままシャキーっと胃袋に降りていく。ずぞぞぞぞ、とうどんをすすりだしを飲み干し、わずか5分ほどで店を出る。時間はようやく1時半にならんかならないかというところ。……今日の宿に一旦向かいますか。

高松市 うどん市場兵庫町店にて
 釜玉・小 \150
 じゃがいもの天ぷら \80

今回のお宿は「高松センチュリーホテル」。安ビジネスホテルという感じだ。2時すぎに到着すると、チェックインは3時だというので近くの商店街を散策することにした。本屋に行かねば。行って、近日発売されたばかりの『さぬきうどん全店制覇攻略本2』((株)ホットカプセル)を買わなければ明日からのうどん屋巡りに支障をきたす。もう、『恐るべきさぬきうどん』の地図のわかりにくさと言ったら嫌がらせじゃないだろうかと思うほどなのだから(文庫版のはそれでも親切になっているけど)。

ほてほて歩き、小さな小さな本屋に着く。
「こんな小さなとこじゃないかもねー」
なんて棚を見ると、あるじゃないですかー!しかも平積みで『恐るべきさぬきうどん』も全巻揃って。さすがうどん本国だ。東京じゃ本屋で取り寄せもしてくれなくて「出版社に直接頼んでください」なんてあしらわれてしまったのに。

180pもある分厚いうどん全集本を入手し、だんなのリクエストによる「オプションがえらくあるところ」、「うどん市場」なる店に向かうことにする。3時を前に丁度腹も空いてきた。いや、ほんとに。

商店街の端っこ、丁度太いバス通りと交差するわかりやすいところに「うどん市場兵庫町店」はある。扉をくぐると左側にセルフサービスのトレーとその通り道が確保されており、お客は総菜を選び、揚げ物を選び、しかるのちにうどんメニューに到達するようになっている。そのうどん以外のメニューの種類が尋常じゃない(うどんの種類も牛肉うどんだの月見うどんだの、これまた尋常じゃない)。

目の前には冷や奴やきんぴらごぼうのようなもの。揚げものはアジフライに薩摩揚げにコロッケに天ぷら各種。ねぎとろ丼やカレーまである。しかも全品、とてもお安い。ミニねぎとろ丼とうどんのセットで400円しないのだ。天ぷらは1個80円だ。
「わは、わはははは。」
「な、何だか笑っちゃうね。ははははは……。」
と乾いた笑いを相互交わしながら、必死においなりさんをトレーに乗せようとする我が手と戦う。ああ、全部取ってしまいたいです私たちうどん食べに来たのに。

で、誘惑に耐え切れず、私は釜玉とじゃがいもの天ぷらを貰ってしまった。だんなに至っては熱いかけうどんとねぎとろ丼、かき揚げまで乗っている。しめて680円なり。

この店の釜玉は、ゆでたてのうどんに卵が絡められ、葱と一緒にかつぶしがかかっている。これに醤油をピーッと垂らしてすすりこむ。かつぶしが入るとまたちょっと風味が変わってこれもいける。うどんそのものは前の2店ほどのインパクトは無かったけど、それでもツルンとした喉ごしに適度なコシ、悪くない。それにしたってこのメニューの充実ぶりと安さだ、東京でこんな店近所のあったらきっと週に3度は行ってしまうんじゃなかろうか。実際地元の高校生あたりにも人気のようで、制服姿の女の子が二人してうどんかっこんだりしていたし。

「だんな……こういう店学校の近くにあったら通ったでしょ?」
と言ったら
「おう、きっと吉野家よりも日参してたよ。」
とのこと。そりゃすごいわ。よっぽど気に入ってしまったのね。

19:20 高松市 讃岐うどん瀬戸にて
 ぶっかけ(熱) \200
 野菜かき揚げ \80
 

ホテルにチェックインした後、普段は車の運転をしていなかっただんなが久々の運転に
「疲れたー……」
と言い置いて寝てしまった。私も寝てしまった。息子も寝てしまった。

うどん屋の夜は早い。夕方6時を過ぎるとばたばた店じまいしてしまい、7時を過ぎてやっている店を探すのはなかなかに困難だ。そして、我ら全員が目覚めて「夕飯喰いに行くか……」という算段になったのはすでに午後6時半を過ぎていた。ああ、どうしよう。

買ってきたばかりの『さぬきうどん全店制覇攻略本2』を読みあさり、近隣で営業中のうどん店をチェックしていく。いくつかの店をピックアップし、メインはデパートそごうの中にある有名チェーン店「かな泉」で食すことにする。移動は私鉄琴平線で2駅、最寄り駅のそばにも1店セルフうどんの店があるらしい。ここに寄り、しかるのちに「かな泉」に向かい、余裕があったらもう1軒、そういう予定を組み立てた。

そして「讃岐うどん瀬戸」なるセルフうどんの店にいる次第。夜12時までやっており、高松駅のすぐそばなのでそれなりに客入りのある店であるらしい。こざっぱりとした、いかにも蕎麦屋うどん屋のような店内だ。トレイを持って厨房に声をかけ、好みのうどんを作ってもらう。肉うどんや天ぷらうどん、湯だめやぶっかけなどが揃っている。それに天ぷらなどのオプションを好みでつけ、おでんなどを注文し、レジで支払いを済ませる仕組み。

私はゆがいた麺につけだれを注いだ熱い「ぶっかけ」\200を、だんなはゆがいた麺にだしを注いだ熱い「かけ」\200を注文。私はまたも揚げ物に手を出してしまって野菜のかき揚げ1個を乗せ、だんなは大根と牛すじのおでんを頼んでいた。水を自分でコップに入れて適宜席につく。

「ぶっかけ」はうどんの上に好みで生姜や山葵を乗せてくれ、更に刻み葱とかつぶしがぶわっとかけられている。生姜を頼んで乗せてもらった。

……うーん、テレッとしたうどんである。舌でぶちぶち切れるコシのないもので、作り置きしてただ湯でさらしたようなそのうどんはいわゆる「うどんのゾンビ」と言われるものらしい。ゾンビもゾンビ、良い具合に腐敗してしまっているゾンビという感じだ。インスタントだしに醤油と味醂で風味をつけたような主張のないたれもいまいち。天ぷらも、作り置きながらシャキッとした良い感じのものを並べてくれる店もあるけど、ここはぺしょっとしていてやっぱりいまいち。生姜のシャキシャキした風味がそれでも案外心地よくて、一気に平らげた。東京で食べる分には、多分とても普通なうどんなのだろう。でもここは香川だ。舌で切れちゃいかんと思う。

19:50 高松市 かな泉にて
 ざるうどん\450

2両編成のローカル電車に乗り込み、2駅先の瓦町を目指す。駅に隣接した「そごう」の中には夜9時までオープンしている「かな泉」なるうどん屋がある。いくつも支店がある有名うどん屋「かな泉」だが、本店は格調高くて入るのに勇気が必要な店だ。その味の一端でも、とデパート内で食してみることにする。

午後8時間近のデパートレストラン街は悲しくなるほど人がいない。目指す「かな泉」も閉店準備といった様相だ。
「まだいいですか〜?」
と入っていくと、「天ぷらはもうできませんが」と言いながら通してくれた。しゃぶしゃぶや天ぷらつきのメニューはどれも2000円くらい。下手をしたら5000円近くなる。店頭のショーケースで「ざる\450」「ぶっかけ\450」などの品を素早くチェックしていた私たちは「ざる」と「ぶっかけおろし」なるなんともチープな注文をした。併せて1000円以下である。貧相な注文でどうもすみません。

ほんの数分で、素早く「ざるうどん」がやってきた。とっくりに入ったつけだれに蕎麦猪口、薬味は葱と生姜、海苔と胡麻。ツヤツヤと光っている、切り口の四角の断面も美しいうどんだ。瑞々しくてとても美味しそう。
うどん、確かに旨かった。老舗の威厳が漂っている。期待にそぐわないどしっとしたコシがあって噛むに噛み切れないままズルズルと胃に入っていく。かなり好みな麺だ。たれの方は、今日最高の甘味の少ないもの。醤油の風味よりはだしの風味が強いような、後味がキリッとしたものだ。薬味を全部、たっぷり入れて良くうどんを絡ませて食べると確かに美味しい。

だんなの「ぶっかけおろし」は深皿にキリリと冷えた麺が入り葱が添えられ、私と同じくとっくりに入ったつけだれと大根おろしをまぶして食べるもの。こちらも同じ、エッジの立ったキリッとした麺だ。大根おろしの辛みが良い刺激になる。やっぱり美味しい、悪くない。
何となく全体的に粗野な感じの全くない上品なうどんだったけど、満足致しました。

ホテルまでの3km弱は腹ごなしのために歩いて帰ることにする。ああ、喰った喰った。明日も喰うぞ。

12/2 (土)
08:00 高松市「さか枝」にて
 釜あげ(小) \160
 天ぷら \80

讃岐の朝は早い。7時にわらわらと起きて身支度をした私たちは早速レンタカーに乗り込み出発する。目指すはうどん屋だ。うどん屋で朝飯のうどんを食すのだ。3食うどんを食べるために朝食のついていない宿に泊まったのだから当然外でうどんを喰わなければならない。

目指すはだんな推薦の市内の「さか枝」。麺を自分でゆがくという究極のセルフサービスのうどん屋だ。
「自分でゆがきたい!」
というだんなの熱い願いの元、私たちは2kmほど離れたその店にまずは向かう。開店は7時半とめちゃめちゃ早い。

午前8時、到着すると既に2〜3人の客がずるずるとうどんを喰っている。奥のカウンターにいなり寿司や天ぷらが並び、客はそこでうどんを注文する。どんぶりに入ってきたうどんを、目の前にある"味噌漉し"のような深さのあるザルに入れて湯にさらすのだ。だんなは「かけ」の大。早速2玉のうどんをわっしゃわっしゃと湯がいている。私はゆでたての麺が食べたかったので「釜あげ」の小を注文。これは奥で茹でている巨大な鍋の中から麺を直接どんぶりに入れてくれる。湯に浸かった麺とつけだれが一緒にトレイに乗せられて出てきた。天ぷらを1つ小皿の上に乗せ、お会計して席につく。背にある棚で葱や天かす、生姜などのトッピングも忘れずに。

こっくりと甘いつけだれだ。かなり濃い味で、東北人を母に持つ私にとっては心地よい甘辛さ。対してだんなのだしは薄口で淡い塩気だ。私もだんなも天ぷらは桜海老のかき揚げ。しっとりしているだしを良く吸う天ぷらだ。

麺は若干柔らかめで、ツルンと滑らか。ずぞぞぞぞーと朝から胃袋に良く入る。朝のうどんに丁度良いような、自己主張の強くない麺とだしというか。蕎麦猪口に入りきらない天ぷらをなんとか浸して囓りながらアツアツのうどんをすする。ああ、朝からなんだか幸せ。さ、それじゃ市外に出て本格的にうどん巡りをしよう。

09:40 琴平町「宮武」にて
 ひやひや(小) \230
 ゲソ天 \110
 さつまいもの天ぷら \90

本日は、一気に遠隔地の店に赴き、市内に戻る道すがらうどんを食していくことに決定。
「宮武のゲソ天は旨い!」
と各所で噂を聞き、まず向かったのは「宮武」というお店。

国道を走り県道を走り、ひたすら県の北西方向にどんどこ進む。9時半についたその店は、もう近所の人やら何やらで賑わっていた。比較的わかりやすい看板に駐車場完備。行きやすい。
入るといきなり右サイドに揚げ物のトレイ。大きな大きなゲソ天が真っ先に目に入る。うひょー、美味しそー!

「あついんな?つめたいんな?」
うどんを茹でているおっちゃんが聞いてくる。壁には「あつあつ・ひやひや・あつひや・ひやあつ」とあの夢にまで見た(見るなよ)メニューがかかっている。ちなみに前者が麺の熱さで後者がだしの熱さである。だから「ひやあつ」は冷たく締めた麺に熱いだしをかけるのだ。我々夫婦は「あつあつください」「私はひやひや」と臆せず注文。

「あ、そこ上がって食べてやー。天ぷらもそこから小皿に取ってやー。」
店のおっちゃん、優しい。県外から来た初めての客というのがもうバレバレな様子。いそいそと奥にある座敷に靴脱いで上がり、卓に置いてあるピカピカの生姜と生姜おろしを眺めて「……生姜だ。自分ですれと言うことなのね……」とびっくりしている間に麺が出る。ピカッと光る麺に葱、だしもかけたものを出してくれる。軽くねじりの入ったような、ずしっとした麺だ。

このお店の天ぷら、どれもこれもご立派である。噂のゲソ天も皿からはみ出るサイズだし、さつまいもの天ぷらの厚ぼったくて大きなこと、我が家でつくるものの当社比2倍くらいである。魚介の揚げ物は\110、その他は\90という価格設定だ。うきうきと思わずさつまいもとゲソ天の2つを皿に盛ってきてしまう。だんなに「おゆきさん、止めときなよ」と忠告を入れられるけど気にしない。後で後悔することになっても、私はここの天ぷらを満喫したい。

ずっしりした見かけの麺は、やはりずっしりしていた。滑らかで喉ごし爽やかだけれどもねっちりとしたコシがある。旨い。比較的薄味のだしが、ゲソ天の油を吸ってやわやわと濃厚になっていくのがまたたまらなく美味しい。そしてそして、やはり天ぷらだ。しっとりとした衣のゲソ天の中身はこれまた巨大なイカの足が入っている。じんわりとした旨味と塩気があって、そのまま喰っても充分美味しい。だしに浸してもこれまた美味しい。油が良いのか何なのか、妙に美味しい天ぷらだった。

しかし、こんな最初に天ぷら2個喰っちゃっていいのかね。結局やっぱり後で猛烈に後悔することになるのだけど、それはまた先のお話。

10:00 善通寺市「山下」の
 冷やしうどん(小) \250
 おでん・牛すじ \90
 おでん・たまご \80

「このそばに"かみしめ"のあるうどん屋があるぞー」
「早速行ってみるぞー」
と車を飛ばし、10分ほどで次なる店「山下」に到着。プレハブの、一見ごく普通のうどん屋である。しかし午前10時にうどん屋3軒目というのはどうにかならないでしょうか。

コシがものすごいという「冷やしうどん」の小を私はいただいた。だんなは「釜あげ」の小を。
厨房内ではおっちゃんおばちゃんがえらい人数働いていて、こちらがセルフサービスになっているお茶などくんでいる間にあっというまに麺を出してくれた。窓際にはおでんの鍋があり、これがなんとも美味しそう。だんなが思わず牛すじと卵を皿に乗せていた。

テーブルに運んできてくれたうどん、「小」であったはずなのに何だか量が多い。大きなどんぶりにたっぷりと冷水が張られ、ピカピカ光る太いうどんがたゆたっている。……多い。さっきの天ぷらがじわじわとボディーブローのように利いてくる。ああ、さつまいもの天ぷらが胃を圧迫している。負けてはいけない。負けてなるものか。

そして蕎麦猪口と葱の乗った小皿。つけだしは、巨大な巨大なとっくりに入ってテーブルにやってきた。どぼどぼと黒々としただしを器に入れ、ではいざいざ、とうどんをすする。

堅い。そして長い。噛み切れない。そう沢山のうどんを口に入れたわけでもないのにその太さで口の中がうどんでいっぱいになってしまいそうな迫力のあるうどんだ。長い長いうどんをかみ切ろうとしても、ボヨンとした弾力があって噛み切れない。目を白黒させながらなんとか一口目を飲み込んだ。うひー、美味しい。

濃いめのだしもさることながら、このうどんの力強さにびっくりだ。ぞぞぞぞぞ、ねちもちねちもち(かみ切ろうとしております)、うひー。ぞぞぞぞぞ、ねちもちねちもち、どひー。はたしてだんなの「釜あげ」の方は冷水で引き締めてない分、若干噛みやすくはなっていたけど、やっぱりすごいコシ。

座敷の周囲はいつのまにか親子連れが2組座っていて、すべての家族がうどんをずるずるとすすっているのであった。何だか壮観だ。

11:00 坂出市「彦江」にて
 かけ小 \130

次なる刺客は坂出市にある。「ダシはイデやぞ」という不明なフレーズを本で読んでから「行かねば!」と思っていた「蒲生(がもう)」という店がそれだ。坂出市に車を向け、ならば「彦江」というところにも寄ってみようということに。

地図を見てもわかりにくい。「大体ここ」と目星をつけて行くものの、目印の川付近では車を止める場所もない。行き止まりにつっこみそうになり、神社の境内に進入しようとなりつつ「ごめんなさいごめんなさい10分で戻りますから」と民家の脇に車を止めていそいそと店探し。

神社の裏にあるらしい。小道と小道を結ぶところにあるらしい。大体ここ、と目星を決めてさまよってみるのだけど、このあたりはどう見てもただの住宅街なのである。二階建ての住宅がえんえんと続く中、目の端にプレハブの建物が見えた。
「ここか?」
窓から透けて見える中で、おばちゃんがうどん打ってる。
「ここだ!」
そうは思うけど看板もない。入り口も何だか普通の事務所の入り口。「すいません〜」とサッシを開けて「食えますか?」と聞いたら、「どうぞどうぞ、こちらに入って」と元気なおばちゃんの声がした。

すごい。中はおばちゃんしかいない。おばちゃんが麺を打ち、おばちゃんが麺を茹で、おばちゃんが水で締めている。思い切り作業場の風景の片隅、ドアのない区切りを抜けたところに椅子がずらりとカウンター式に10個ほど並んでいる。中ではこちらもおばちゃんがうどん喰ってる。

「1玉、ください。」
と言うと、おばちゃんが今水で締めたばかりの麺を小さなどんぶりに入れてこちらにくれる。
「そこで茹でてねー」
と指さされたところには、巨大なうどん茹で機(というか鍋というか)が今まさにうどんをグラグラ茹でているところだ。置いてある一人用のざるにうどんを入れ、茹だっているうどんと共に湯の中に入れて少々ゆがく。ゆがいたところで椅子のそばのコーナーにあるタンクからだしを入れ、トッピングをかけて食す。お代は後払い。

「葱乗せてねー。だしは出が悪いけど、ごめんなさいねー。」
おばちゃん、めちゃめちゃ親切だ。トッピングは葱や胡麻、生姜は無料。おあげや天ぷらも別途揃っている。ここはシンプルにただだしと麺と葱でいただくことにする。
ツルンツルンとしたうどんだ。コシも柔らか、だしの味も柔らかだ。「おかん手作りのうどん」という感じで何とも暖かみがある。飲み込み始めると、均質な麺は飲み込み始めるといっくらでも入っていきそうだ。ああ、これもまた美味しい。

代金後払いは自己申告制。
「かけの小2つとね、揚げ物1ついただきました。」
と言って計370円を払って出る。
「ありがとねー。」
の声を背に聞きながら。

坂出市 サティ内「beard papaの作りたて工房」の
 シュークリーム
きりり(レモン)

水分の取りすぎである。塩分も取りすぎである。
実際のところ、炭水化物も脂肪も著しく取りすぎているような気もするけど、ここは一つ目をつぶる。
どうなるかというと、トイレが近くなるのである。

「がもうに行くか?」
「その前にトイレじゃトイレじゃ」
と坂出駅前にあったサティに飛び込むことにする。食料品売場を見て、香川ならではのうどんの品々を見て回るという計画もあった。香川県内でのマンゴプリンのありよう、という研究課題もまた忘れてはいない。

トイレに行き、「赤ちゃん休憩室」で息子の紙おむつの取り替えも行い、晴れ晴れとした気持ちでマーケットを眺める。さすがうどん大国香川だ。各種だしのコーナーでは東京では見かけたこともないようなうどんだしが大量に売られている。「ヒガシマル」のうどんスープは東京でも売られているけど、ラーメンスープやカレーうどんのだしまであるとは私は知らなかったよ。

軽く買い物をし、ほてほてと駐車場に向かうところで私の目に飛び込んできたのはシュークリーム専門店だ。カウンターの向こうにはシュークリームが山と積まれていて、さらにその背後では巨大なオーブンで続々と更なるシュークリームが焼き上がっている。周囲に漂う甘い匂い、お店の名前は「beard papaの作りたて工房」というらしい。何だかとても美味しそう。よせばいいのに思わず3個購入する。もといだんなに買ってもらう。

「うどんさんざん喰ったあげくに"シュークリーム3個ください"なんて、俺はおゆきさんの気が違ったのではないかと思いました。」
と後にだんなは述懐する。でも私は口の中のだしと醤油と小麦粉ばかりの後味をちょっと何とかしたかったのだ。シュークリームは美味しそうだったし。

サティの駐車場で一休みしつつシュークリームを囓る。1つずつ、四角形の2辺が閉じられた小袋に入れてくれていたシュークリームはフカッさくさくっとした食感。滑らかなカスタードクリームもたっぷり詰まっている。クリームの水分でぺっしょりしてないシュークリームはかなり良い感じ。おやつを美味しくいただいた……ってもう12時ですがな!
ああ早く「がもう」に行かなくちゃ。

12:20 坂出市「がもう」にて
 かけ(小) \100
 天ぷら \70

昼過ぎた。おそらく混雑必至であろうが「がもう」に行かなければならない。何でも話によるとかなりシビアなカーブを抜けていかなくてはいけないらしかったが、はたしてそれは本当にシビアだったのであった。
「多分そこ、そこをね、ぐぐぐーっと奥に入っていく。」
「よっしゃ、行くぞー」
「……せ、狭いね。1車線分もないね。」
「……おおおーカーブがあるぞー狭いぞー。……で、まだ?」
「まだ先……だと思う。がんばれー行けー」
「ふおー、落ちるーイデに落ちるー」
大騒ぎである。普段車に乗らない、ペーパードライバーのだんなは少々泣きが入っていた。

すると目の前が田畑になりぱっと開ける。開けたところの右手に「うどん がもう」の看板がかかり周囲は人と車で大混雑。その奥にはなんとも美しい紅葉の山が見える。絶景だ。しかし……すごい人だねこりゃ。

何とか車を専用駐車場に止め、行列に並ぶ。店の前にはイデ(って用水路のこと)。かなり深いし広い。
「おおおーここにダシを捨てるのかー。」
と妙な感慨がある。本当はちゃんとダシ捨て用のバケツがあるのでそこに捨てなきゃいけないらしい。

ほったて小屋のような、失礼ながらぼろっちい店の中ではおっちゃんが大釜の前でうどんを茹でていた。そこへ「小ください」「大ください」と申告し、ゆでたての麺を入れてもらう。更に奥に進むと揚げ物のトレイがあり、好みで乗せてからそこでお勘定を払うシステム。私はさつまいもの天ぷら(←まだ喰ってる)、だんなはちくわの天ぷら。全部で340円とこれまたお安い。

更に奥に進むと大鍋に熱いだしが入っている。これを適宜自分ですくい、脇のねぎを乗せ、そのへんの席かあるいは外のベンチで食すのだ。言うは簡単だけど大混雑の店でこれをやるのはなかなかに大変だ。

紅葉を見ながら食すうどんは旨かった。伸びやかでツルンとした麺は、さっぱりめのだしと良く合っている。天ぷらはごくごく普通の味ながらこれまたいける。適度なコシと適度な塩気。これまたツルツルツルツルーといくらでも食べられそうなうどんなのであった。

「……じゃっ、次の店行こうか。」
次は本日6軒目のうどん屋である。まだ喰うんかい。喰うんである。

12:50 綾南町「田村」にて
 かけ(小) \100

さて、もうそろそろ私は限界なのであった。「宮武」の天ぷらダブルがいけなかったのであろうか。サティで思わず買ってしまったシュークリームがいけなかったのであろうか。そもそも朝からうどん5玉食べ続けてるんだから、それが最大の要因なような気もするが。

車は一路、「がもう」からほど近い「田村」に向かう。何でもイキイキピチピチな麺であるらしい。時間は1時前と昼も終わりに差し掛かっていた。
なかなかわかりやすいところにあった「田村」。駐車場はないので店の並びに「ごめんなさいよ」と10分の路駐。ここで、私は香川に来て初めて弱音を吐いてしまったのであった。
「ごめん……1玉食べられそうにない。」

あああ〜〜周囲に車はいっぱいで、ついでに店の中も客でいっぱいで、それはそれは何だか旨そうな雰囲気を醸し出している店であるのに食べられないとは痛恨だ。だんなが買ってきた1杯のかけそばならぬかけうどんを横から奪って2口3口ずるずると食べる。

むちっとした良い感じの麺だ。コシは強からずさりとて弱からず、なかなか旨い。それになんと言ってもダシだ。こんなにイリコの味の強いダシは香川に来て初めて味わった。磯の香りが強くて強くて、強い塩気まで感じさせてしまうような濃厚なイリコ風味のダシは新鮮で旨かった。皆店内で店頭で、あるいは横の民家(多分店主の住まいだろう)の前に座り込んだりして各自うどんをすすっている。マイうどんを持っていないのは私だけで何だか情けなくなった。とほほほー。

18:15 高松市「大円」にて
 スペシャルぶっかけ(冷) \500

私に続き、だんなも腹いっぱいになってしまったらしい。そりゃそうである。朝から計12玉が我らの腹の中に消えたのである。車が揺れると私も揺れる。胃袋の中でちゃぽちゃぽと音がする。うどんが揺れるのが体感できる。全身うどん人間と化した我らだったのであった。

やむなく一旦宿に戻る。戻って昼寝だ。製麺所系うどん店は大概のところ昼過ぎで閉まってしまうし、15時頃にやっているうどん屋ならば18時頃までやっていたりする。ここは一旦退いて、体勢を立て直してから再度うどん屋と対峙することにしよう。

14時過ぎに宿に帰り、そのまま昏々と昼寝。17時頃にもそもそと全員が起床して、夕飯の算段を始める。もとよりうどん以外を食べるつもりはなく、高松市街及びその周辺地で「ここはどうか」「そこはどうか」と検討する。

まず目指すのは19時まで営業している「ぶっかけの館」なる「大円」だ。何でもあきれるほどに「ぶっかけ」メニューが並ぶ店であるらしい。太い通り沿いにある店は見つけやすく、すぐに発見して入ることができた。時間は午後6時。客はなし。土曜の夜にうどん屋というのはあまり皆さん行かないものなのだろうか。

で、あるわあるわのぶっかけメニュー。「スタミナぶっかけ」「なっとうぶっかけ」「山かけぶっかけ」、ひたすらぶっかけぶっかけ、とメニューが続く。私は海老天ととろろと卵、それに胡麻と海苔と葱が乗った「スペシャルぶっかけ」\500を注文。だんなは「天ぷらぶっかけ」\460を注文。それまで新聞を読んでいた店主がよっこらしょ、と立ち上がってちゃかちゃかと動き出す。ほどなく2つのぶっかけが目の前にやってきた。

ところで……カウンターには変な紙が貼ってある。
「麺出るすゾーン」
とでかでかと書いてあるその紙の上に、どうやら店主が出来立ての麺を置くものらしい。茶髪のお姉ちゃんがぱたぱたと動き、その「麺出るすゾーン」に乗る麺を運ぶ。べったべたのギャグだ。力が抜ける。

ピカッと光るうどんにトッピング各種。なかなか壮観だ。小さめの徳利に入っただしを一気にぶっかけ、ビビンバのごとくに混ぜて食す。あ、天ぷらは混ぜたら崩れちゃうから横によけておいて、と。

艶やかで適度にコシのあるうどん、甘味と塩気のバランスが良いだしと相まって心地よい調和を醸し出している。山芋のねばりや黄身のとろみ具合、葱や海苔と一緒にずるずるとすするとちょっと独特の美味しさだ。こういう麺は東京にもあるかもしれないけど、このどしっとしたコシのある麺でやられるととても快感。天ぷらはサクサク系でこれまた悪くない。ていうか美味しい。幸せ幸せ、と一気に麺をかっこんで、じゃ1kmほど先にある次なる店を目指そうか。

18:40 高松市「うどん棒 今里店」にて
 天ざるうどん \900

次なる刺客は「うどん棒」。ゴムのような伸びのあるうどんなのであるらしい。しかも注文聞いてから茹でるらしい。天ぷらも注文してから揚げるらしい。それはとても美味しそうじゃないか。

「大円」から車でまっすぐ1kmほど、「うどん棒」今里店にたどり着く。店の駐車場にぐいーんと車を止め、中へ。だんなの縦列駐車もだいぶコツをつかめてきた。

メニューは豊富。「ちゃんぽんうどん」「めんたいこうどん」「玉子とじうどん」とまぁあるわあるわ。麺メニューは大体600〜800円、天ぷらが入るとちと高くなる。それでもかなりお安いと思う。
私は「天ざるうどん」\900、だんなは「冷天うどん」\600。どう違うかと言うと、私のはざる盛りのうどんに天ぷらが別添なのに対し、だんなのはどんぶり入りの冷たい麺に冷たいだしと天ぷらがぶっかけてあるというものだ。味的には対して変わらないとは思うけど。

「これから茹でますので、7分ほどお待ちいただけますか?」
と丁寧な店員のお兄ちゃんの言葉にうんうん、とうなずいてしばし待つ。待ってる間お茶を足しに来てくれたりもする。教育が行き届いている。店はいわゆる普通の「うどん屋」という感じ。壁には「かにすき」「とりすき」と季節の鍋物メニューもかかっている。

トレイに乗って恭しく天ざるうどんがやってきた。やや細目の麺が美しく盛られ、横には天ぷらの盛り合わせ。海老天2本に茄子に南瓜、海苔にしそとなかなか豪華だ。天ぷらのつゆを入れるのに使うようなとんすい型の容器にだしを注ぎ、もみじおろしと葱、生姜の薬味を落として食べる。

「大円」に比べてまた一段とコシのあるというか伸びのある麺はキリッとしまっていて相当いける。味醂がしっかり入っているちょっと甘口のだしにうどんをとぷんとつけては食べ、天ぷらをつけては食べする。天ぷらの油がだしに溶けてコクが強くなってくるのがまた旨い。本当に揚げたての天ぷらが出てきたのはこの旅行で初めてのことで、これまた嬉しい。サクサクの衣は程良い感じでこれまた良い。

全部で1500円くらいしたけど、それだけの価値あるナイスなうどん屋だった。ああ、我が家の近所にあったらしょっちゅう出前しちゃうよ、という感じ。

ここまで食して、さすがに今日はもうダメだという結論に。宿に帰るとまだ7時半だ。
これから風呂入って、足揉みほぐしてテレビでも見ながら寝ることにしよう。明日はどこに行こうかなー(もう一回山越!?)

12/3 (日)
07:40 高松市「かな泉セルフ店」にて
 しんぐる \160
 あげ \50

朝7時起床。香川3日間の旅も今日が最終日だ。気合いを入れて、朝からうどん屋巡り……といきたいところだけど、朝7時からやっているうどん屋というのはあるようでない。しかも今日は日曜日。大概のうどん屋の定休日が日曜日であり。これは本日、かなり厳しい戦いになりそうだ。

で、結局、ホテルからそう遠くないところに「かな泉」のセルフ店があるらしいのでそちらを目指すことにする。昨夜そごうデパートの上で食べたざるうどんは確かに美味しかったし。

外はパラパラと小雨が降り、当初歩いて行く予定だったその店に車を飛ばして行くことにする。人通りもまばらな通りにこっそり路駐してしまい、かな泉セルフ店にかけこんだ。
入店して左を見やるといきなり棚にうどん入り丼が並ぶ。上の段は「しんぐる」(1玉)、下段は「だぶる」(2玉)だ。それを各自取り、すぐ横の鍋とざるで適宜うどんを自らゆがき、すぐ上の棚に並ぶ揚げ物を入手する。だしは後ろのタンクに入っており、蛇口を捻ってそそぎ込む。かつぶしに葱、生姜。全部流れ作業で入れて行けるように、見事にシステマティックなセルフ店であった。

私はこの旅行初めてのきつねうどんに挑戦。甘辛く煮られた油揚げをうどんの上にぺろりと乗せる。おあげ1枚、50円。だんなはすき焼きにも煮た、牛肉と玉ねぎの甘辛煮を一皿貰っていた。こちらは1皿200円。

薄い色のだしである。旨味充分、良く取れているだしだけれども何となくいまひとつ物足りない。甘辛く煮染めたおあげを入れると少々甘ったるくなってしまうけど、それで丁度良い案配になる。
そして、問題はうどんだ。うどんはゾンビだ。ゾンビのうどんだ。茹でて水で締めた後、しばらく放っておかれたと思われたそのうどんは簡単に舌で噛み切れる。歯じゃなくて舌だというのがポイントだ。このような、放置されたうどんを俗称「うどんのゾンビ」と言うものらしい。やわやわとした、コシもなにもないうどんに私たちがっくり。これならそのへんのスーパーのパック入りうどんと一緒だわ。

少々トホホとなりながら再び宿へ。荷物をまとめていざいざ出発。午後4時の飛行機までに、どれだけ今日は食べることができるのか。

09:50 高松市「穴吹製麺所」にて
 かけ(小) \100(多分)
 天ぷら \80(多分)

本日のターゲットは「行きたかったけどこれまで行けなかったところかつ、日曜日でも営業しているところ」である。「穴吹製麺所」は高松市のはずれにあって、日曜日も営業しているらしい。しかも午前8時からと時間も早い。まずはここを目指してみることにする。

非常にわかりづらい場所である。詳細マップを見ても路地が入り組んでいてはっきりと「何本目の道路」と確認できない。どころかそもそも車は入っていけないんじゃないの?というエリアに位置している。あっちをぐるぐるこっちをぐるぐるしながら、製麺所らしき建物を目指す。といっても「うどん」なんて親切な看板を出してくれているところなどは少数はなので、「なんか車がぎょうさんおる」とか「プレハブっぽい建物が見える」とかその程度しか目印となるものは無いのだけれど。

恐ろしく見つけにくいところにあった製麺所になんとか到着。プレハブの建物、2階部分には消えかけて消えかけて消えてしまっているような文字で「穴吹製麺所」と書いてある。入っていいのかいかんのかわからないようなサッシを開けて、「食べられますか?」と聞く。何を、とは言わない。うどんを食べるに決まっているのだ。

「はーい、いいですよ。脇から回って。」
とおっちゃんの声。外に出て見ると、確かに横のガラス戸の中にテーブルや椅子がちんまりと並んでいるのだ。でも外から普通に見ただけではとてもわかりそうにないガラス戸でありテーブルである。小雨のふる中、他に客は誰もいない。
「熱いんの?冷たいんの?」
の声に「熱いのと冷たいの1玉ずつ下さい。」と答える。即座に出てくる麺いりどんぶり。テーブルの上には大きな量手鍋に満たされた黒々としただしと、ボウル入りの刻み葱、生姜や胡麻が無造作に置かれている。更に揚げ物やちくわ、油揚げなども無造作に置かれている。テーブルはそれらでごちゃごちゃといっぱいで、それを手でちょいちょいと奥に押しやりながら自らのどんぶりを置く。桜海老の入るかき揚げをだんなと1個ずつ乗せ、代金は全部で360円。

濃い色のだしは、だしの香りよりも醤油の味が勝っている感じで、味はなかなかに塩辛い。私は悪くはないと思うけど、だんな曰く「美味しくない」。
麺はびよーんとしている。コシよりも喉ごしの良さで喰う、という感じ。ずぞぞぞぞ、と抵抗なくすすれる麺だ。でも……あんまり美味しくない、ような気がする。気がするだけかもしれないけど、ものごっつぅ見つけにくいとこ苦労して来たから期待がいつもの五割増しくらいになっているのかもしれないけど、それでもあんまり美味しくない。

「がーん。」
「……次行こうか、次。」
私たちはそそくさと店を後にした。

10:15 高松市「大島製麺」にて
 かけ(小) \150
 げそ天 \100

『恐るべきさぬきうどん』には載っていなかったけど、ヘルシーわかめうどんがおすすめだという「大島製麺」というところに行ってみることにする。日曜やっていて、午前の早めからやっていて、今日の最大目標「あたりや」の近くにあった、というのがポイントであった。

やや太めの街道沿いに立つ、「うどん」の看板もなかなか目立つ木造店舗である。民芸調とでも言うか。熊が鮭くわえた木製像が似合ってしまいそうな、そんな感じの店だ。入ると右にカウンター。「かけ」とか「釜あげ」など種類と玉数を注文し、そして中央に位置する釜でうどんをゆがく人はゆがく、横のおでんを取る人は取る、だしもそこにかかる鍋から注ぐ、カウンターの揚げ物を取る人は取る、そしてお勘定、という感じだ。うどんの玉を貰う以外は全部自分で行わなければならない、完全セルフのお店であった。こういうの、楽しいので大好きだ。

残念ながらうっすら緑色をしているという名物「わかめうどん」はまだ出来ていない、ということだったので「かけ」を堪能することにする。玉を貰ってお湯でちゃぷちゃぷとゆがき、私は巨大な巨大なゲソ天を、だんなはおでんの牛すじを1本つけてもらった。奥の四角い木製椅子に腰かけて、横の水槽の金魚なぞ眺めながらうどんをすする。店は近所に住むらしいおばちゃんらが数人おり、
「玉5ツちょうだいねー」
「あいよー」
なんて会話が交わされていたりなんかして。

ごくごく普通のだしに、ごくごく普通のうどん、というやや印象の薄い麺だった。コシもなくはなく、あるというほどもなく。いりこの香るだしは、さっぱり薄味の飲みやすいものだ。巨大な巨大なゲソ天は、衣だけの見せかけじゃなくて中も本当に巨大。噛み切ろうにも噛み切れない。ふぬぬぬぬ、と箸と歯で格闘していると衣がずるりと脱げてくる。一本調子では歯が立たない手強いゲソ天なのであった。旨味があって美味しいけど、柔らかなのに味があった「宮武」ほどの魅力もなく、なんとなく全体的に中途半端な印象だった。

決して不味いわけじゃないのだけれども。もしかして、香川3日目にして私たちは生意気でしょうか。
すみませんすみません。というわけで本日のメイントピック「あたりや」に向かおうか。

11:00 高松市「あたりや」にて
 ひやひや(小) \250
 ちくわ天 \100

何でもすごいところにあるうどん屋らしいのである。「パチンコパーラードリームの地下」。パチンコ屋の地下である。何を好きこのんでそんなところに店を出しているのか全く良くわからない。しかもパチンコ屋とは特に関係もないらしい。しかもものすごく旨いらしい。そしたら行きたくなってしまうじゃありませんか。

車をパチンコ屋の駐車場に乗り入れ、地下に続く駐車場にそのまま徒歩で降りていく。地下と行っても、こちら側からは地下だけど土地の傾斜であちら側は1階だという、難しい構造だ。曇り空の下、一軒のプレハブが。そしてずらりと人の列。10人ほど並んでいるだろうか。小雨の中じっと耐えて並び、カウンターにて注文する。「あつあつ」「ひやひや」のフレーズがメニューに並ぶ。
「ひやひやの小、2つ下さい。」
とどんぶりを2ついただく。葱もだしもかけてくれる。それを持ってうやうやと移動し、脇のケースから好みのトッピングを乗せ、席につく。お会計は自己申告により出るときに支払う。

そろそろ胃がくちくなってきた。要するに腹一杯になってきた。揚げ物は……止めておこう、とだんなの取ったちくわの天ぷらを横から囓ることにする。

程良く茶褐色の、透き通った美しいだしに、少々ねじれのある麺がピシッと入っている。見るからに旨そうだ。いや、本当に。美味しいうどんは見た目も何というかピシッとしている。これは期待できそう。
だしはすっきりキリリとした、とても良い具合の味だ。「ひやひや」には本当に冷えたキリッとした温度のだしをかけてくれるのもまた嬉しい。適度な旨味、適度な塩気、だしからしていきなり美味しい。

そして麺だ。若干不揃いな印象もあるどっしりとした捻れのある麺は、コシもどっしりとしている。歯を押し戻すような弾力のある、固めの麺だ。めちゃめちゃ好みの弾力だ。そして、青海苔まぶして揚げたちくわ天がまた懐かしいような味でいけるいける。だんなから奪ってもりもり食す。主張のあるだしに麺、組合わさったら更に主張が強くなってなんとも幸せなどんぶりになるのであった。お代は1玉250円。ちと高めかもしれないけど、これでこの味だったら通いたくもなろうというもの。ああ快感。

11:50 高松市「谷川製麺所」にて
 かけ(小) \120

高松市といえども、今度は市内の果ての果てだ。どんどこどんどこ山道然とした道を進んでいく。すっかり周囲は風光明媚な光景だ。なんでもこのお店、タイミングによっては「イノシシで取っただし」なるだしが出てくるところであるらしい。場所は詳細に地図でチェック、しかしまたもやわかりづらい。

「このへんか?」
「いや、これは民家。」
「もうちょっとかー?」
「あ、あそこに車がたくさん止まっている!」
「湯気だ!湯気湯気湯気!」
「あそこだーーーーー!」
気分は秘境探索である。周囲は民家、それしかないところにぽつりと工場のような建物がある。中からは機械のガコンガコン言う音。既に5台ほど止まっている駐車場に車を入れ、ぐるりと回って入り口らしきところを目指す。

作業場、である。奥ではお兄ちゃんがわっせわっせとうどんを伸ばし、横の鍋ではうどんが茹だっており、それをおばちゃんがちぎっては投げちぎっては投げ、簾にそれを並べていく。行列の人が無言でうやうやしくどんぶりを受け取り、そして出てくる。周囲には子供の遊び道具であるとか家財道具の一部であるとか扇風機であるとかがごちゃっと積まれていて、なんだかすごい状態になっている。

「何玉?」
と問うおばちゃんに「1玉ください」と言い、そういえば周囲は2玉喰ってるな、と見渡してみる。しかし私ら、今日これで5玉目なんです1玉で勘弁してください。

水で締めたうどんを奥の鍋で他のうどんと一緒の湯でちゃっちゃと湯がき、大鍋からだしを注ぐ。葱ふって、風光明媚な美しき紅葉をみながらうどんをすする。

こ、このだしは!!!

今回初めてすする、何とも旨味のあるだしだ。それは例えて言えば、秋田のばあちゃんが作ってくれる鶏肉や舞茸、人参や大根がたくさんはいった雑煮のだしにも似ているのであった。ほんのり甘く、複雑な旨味が絡み合っている。これは美味しい〜♪きっとうどんならずとも、焼き餅入れても絶対美味しい、そんな味。
かつおぶしの味、野菜から出たような味、多分肉から出た味、煮込まれてとても良い感じのスープになっている。いやん、美味しい。もっと注いでくれば良かった。

麺はコシの強さが普通タイプの、ツルツルツルツルーとしたのっぺりしたものだ。濃厚なだしにさっぱり食べられるうどんというのも悪くない。ずるずるっとだしを啜ってはツルツルツルツルーとうどんを食べ、そうして一気に無くなった。
……あ、写真撮るの忘れちゃったよ必死に食べちゃって。

13:00 満濃町「長田」にて
 釜あげ(小) \250

さて、車を県の西に向ける。ひたすらひたすら西を目指し「西の長田、東のわら家」と誉れも高い「長田」に行ってみることにする。なんでも釜あげ一本勝負の店なのだとか。

30分ほど車を走らせ、やや大きな交差点の角に位置する店をなんなく発見。巨大な駐車場の奥に巨大な店、大きなのれんのかかる入り口からは客が溢れている。中も大行列だ。時間も時間だけど、この人の多さにまずびっくり。

大衆食堂然とした広々としたホールに人がみっちり詰まって全員がうどん喰ってる。壮観な光景だ。5人ほどのグループ客はおしなべて「たらいうどん」なる巨大なたらいにうどんがたゆたう釜あげうどんを喰っている。店中からうどんをすする「ずぞぞぞぞ」という音。……すごい。

15人ほどの行列を過ぎて、食券を買う。オプションもここで「いなり寿司ください」などと申し出て、横のトレイから持っていく。お金を払うと「15」などと書かれた木札を渡され、それを持って席に座る。ほどなくお姉ちゃんが「15番のかたー!」とでかい声を張り上げてうどんを持ってきてくれるのだ。

テーブルには巨大な徳利に入るだし。刻み葱とおろし生姜の容器もある。お茶の入る巨大な薬缶もある。蕎麦猪口は、というと自分で食券売場の側から持ってこなきゃいけないらしい。茶碗と蕎麦猪口を持ってきて、蕎麦猪口に葱を入れてだしを注いでいたところでうどんがやってきた。

色の濃い、そしていりこの風味が濃いだしだ。甘さよりも旨味が先に立つ、その割にあまり塩気はないだしだ。黒々としただしに葱をたっぷり放り込み、熱い湯につかったままのうどんを持ち上げて放り込み、ずるずるとすする。うどんの良い香りのする、適度なコシのある麺だ。ツルンツルンと素直に胃袋に落ちていく麺だ。うん、悪くない。続いてだしにガーリガーリとすり胡麻をたっぷり落として絡めて食べる。これまた悪くない。悪くないんだけど……何だかなぁ、流れ作業の工場で喰ってる気分。サービスが悪いとかそういうんじゃなくって、広い場所で人がぎっちぎちになって、店員のおばちゃんらが飛び跳ねるようにてきぱき動いているところで食べるというのはどうも落ち着かない。どんなに売場が混雑していてわかりにくくても、ちょっと外に出ると風光明媚な景色が広がる、のどかな場所で食したい。こういう場所だと、何だか「観光客ばっか」という気分になってくる。いや、私たちも実際観光客なんだけどね。

高松空港にて
 ソフトクリーム

「長田」を出たのが13時半頃。近くに「宮武」があるので、もう一度是非食べたい!と車を走らせてみたものの、大行列で断念せざるをえなかった。15時には車を返して、16時10分発の飛行機に乗らなきゃいけないのだ。

飛行機を待つ間に、空港内のカフェテリアでソフトクリームを舐める。甘くて冷たいものは何だか久しぶりに食したようで何だか感動してしまった。ごくごくふつうのソフトクリームだったけど、なんだかすごく美味しかったのだ。

で、で、現在午後8時半。めでたく我が家に帰ってきた。あと12時間もしないで今度は福岡に旅立つのだ。我ながらなにやってんだ、と思いながら、夕飯は……さすがに食えそうにないなぁ。とりあえず風呂入って寝ることにします。どうもお疲れさまでしただんな、息子、そして私。