食欲魔人日記 02年03月 第1週
3/1 (金)
谷川製麺所(高松市)にて、「小」。だしが旨いんだー
高松行き機上にて
 卵サンド・ハムサンド
 オレンジジュース

朝4時15分起床、5時9分の快速で羽田を目指し、7時半発のJAL便にて高松を目指す。のっけからなかなかハードなスケジュールで始まった、2泊3日の高松うどん喰い旅行。とにかくうどんを食べる。うどんばっか食べる(いや実際にはうどん以外の夕食を1回入れたけど)。うどんのことだけ考える(いや、温泉旅館に泊まるのが実はとっても楽しみだ)。うどん以外の邪念もたっぷりこめつつ、飛行機は無事に飛び立った。

高松着は8時半過ぎの予定。空腹を極めて行くことこそ理想かもしれないけれど、それでは久しぶりに車を運転するだんなが持ちそうにない。空港のコンビニでサンドイッチ類を買い、機内で出されるドリンク片手にぱくつくことにした。だんなは「万かつサンド」、私は卵サンドとハムサンド。
「よっしゃ、エンジンかけていきまっせ〜」
機内でもくもくとうどん屋をチェックする私たち。かなり怪しい存在かもしれなかった。

そうそう、SMAPがCM出演している「特定の日〜♪旅立ち〜♪」の1万円均一キャンペーンで来たこの旅行、同じくチケットレスだと50枚に1枚無料になるというCMが流れている。
「当たるわけねーんだよ、こんなの」
と冗談半分に言っていたところ……当たってしまった。3人の往復分、合計6枚のチケットのうちの1枚が見事な黄色のものだった。1万円ちょっと、カウンターにその券を持っていくとその場で現金で戻ってきた。おぉぉぉぉ、ちゃんと当たるものなんだ、もうもう大騒ぎ。
「うどん代、出たね」
「いや、それ以上出たね」
いきなり幸運な旅の始まりだったのだ。

高松市 中西うどん
 1玉 180円
 ちくわ天 80円
 

今日の最大の目的は「竹清」に行くことだった。半熟卵の天ぷらが美味絶品らしい。しかも明日明後日は休業だ。更にこの店、午後2時半までしかやっていない。色々と勝負所の店なのである。9時半前に首尾良くレンタカーのオフィスを出発し、急ぎ高松市内を目指す。そしたら、開店前30分に到着する羽目になってしまった。早すぎる。

で、道中、寄り道になる位置にある「中西うどん」に急遽寄ることに。朝の5時半から営業しているセルフ店(←うどんの玉をもらったら自分でゆがいて自分でだしをかけ自分で薬味をぶっかけて食べる店)で、手に取った丼の種類によって玉数が決まるという面白い店だ。迷わず順調に「中西」を発見。数人うどんを啜っているものの、かなり空いている店内だ。フロアの中央に巨大な湯桶(というのか湯がき場というか)がある。青や黒のどんぶりのうち、一番小さいと思われるものを手にとって「くださーい」と宣言。「ちょっと待っててくださいねぇ」と言われ、小皿にちくわ天を1つ取り茶など汲んできて席で待つ。

嬉しいことに、茹でたてのを水で締めた、その直後のものが出てきた。軽くゆがいてだしを注ぎ、葱盛りつけてテーブルへ持っていく。
つる〜んとした伸びのある麺、温めた分、シコシコキュッキュとした締まった歯ごたえは薄いものの、滑らかで艶やかで美味しい麺だ。そして香り高いいりこだし。かつおと昆布のだしとはまた違う、独特の香りの中に甘さすら感じられるような独特のだしは、関東のうどんとは全く違う味がする。透き通って見かけは薄味そうなのにしっかりと奥行きのある、うどんと似合う味なのだ。

ぞるぞるぞる、とうどんを啜って
「あ〜、いりこだしだよ、いりこだしだよー」
「この、ピシッとした切り口にだしが染みて、もー」
「ツルツルーって、ツルツルーって」
などと言いながらはふはふと食べる。そうそうこの味この雰囲気。1年ぶりの香川でいきなり自らゆがく店に入るとは今ひとつ予想していなかったけど。

高松市 池上
 1玉 65円

10時ジャスト。開店直後の「竹清」にいざいざ、と行ってみたところ、ドアを開ける寸前に中からおばちゃんがぬっと出てきて「あと40分かかるのー、ごめんねー」とのこと。そんな長い間、その場所で待っているわけにはいかない。時間は逃げないけどうどん屋は逃げる。急ぎ別の場所へ行ってくることに。

で、向かったのはちょっと距離があるけれども同じく市内の「池上」というところ。何しろこの店、おばあちゃんが名物らしい。麺そのものも美味しいらしいとは聞いていたけど、「ぜひ行くべし」の話を聞いてならば、と行ってみることにした。

この店、営業時間がめっちゃくちゃだ。実際、店の前にも書いてあったけれど
 午前10時50分頃から11時40分頃まで
 午後4時50分頃から5時30分頃まで
という、午前午後合わせて2時間を切るという、ものすごさ。しかも若干場所がわかりにくかった。

「こ、この細い道かな?」
「入ってみよう」
と車を置いててくてくと小道を歩いて行ったところ、納屋じみた建物の前におばあちゃんが立って、にこにことしているのだ。
「うどん、食べてく〜?」
こ、これがそのおばあちゃんか!?
「はい!食べますぅ〜」
後を追う私たち。

「これね、あたしンち」
にこにこと納屋じみた建物を指さし、「おいでおいで」と誘われた。外に1つのテーブルと椅子がいくつか、中もそんな感じ。椅子もテーブルもそのへんに放置されていたのを並べただけのような、ありがちな光景だ。
「ほら〜、そこ、座ってねぇ。ゆっくりしておいきなさいよ」
おばあちゃん、フレンドリーだ。馴れ馴れしいとかそういうんじゃなく、相対する人が全員揃ってヘナヘナと力が抜けてしまいそうな、独特の雰囲気を持ったあったかいおばあちゃんなのであった。
「あったかいの?つめたいの?」
と聞かれたのでじゃあ1つずつ、と注文。1玉65円。冷蔵庫に入っている生卵を使うと30円追加。呆れるほど安い。

ほどなく、ピシーッと引き締まってピカピカと輝いた麺が出てきた。だしはない。テーブルの上のだし醤油をかけて、葱かけて食べる。それだけでもう、涙ちょちょぎれるほど美味しかった。この店の名物はおばあちゃんも勿論だけど、うどんも超絶に素晴らしかった。キュキュキューッと歯の裏に吸い付くようなコシや喉ごしがたまらないし、どこか優しい味わいもある。喰い歩くのを辞めて、ここで3玉くらい喰っていこうかと本気で考えそうになったくらい、好みなうどんだった。
「あれまぁ、お子さんは、お父さん似だねぇ〜」
おばあちゃんは相変わらずにこにこと話しかけてくる。奥では年代物っぽいうどん切り機が新たなうどんを切りにかかっていた。昭和40年代あたりから、いやもっと前から変わっていない光景なんじゃないだろうかと思いたくなる。
全体的にふにゃふにゃになりながら、次の店へ。

高松市 「竹清」
 小 140円
 半熟卵天 90円

で、いよいよ竹清。時間も11時を過ぎ、ちらちらとサラリーマンらしき人も訪れて店はかなりな込みようだった。
注文を取ってから揚げたり、注文用紙に揚げてもらいたい具を記載して注文をしたり、とその天ぷらの注文の仕方は色々と聞くところがあったけれど、私たちが入った時にはトレイに様々な天ぷらが山盛りになっている状態だった。小皿に好きなものを取り、「小ね」「大ね」とどんぶりにうどん玉を入れてもらい、あとは自分でゆがいたり薬味かけたり。

噂の半熟卵天が食べたくて食べたくて、トレイを見ると丸くて白いのですぐわかるのであった。息子の分もと3個の卵天を皿に取り、あとは「小」を2つ。別台にて自分でゆがき、葱や天かすをふってきて食べる。

うどんは、まぁ普通というか普通に美味しいというか。目の中に星が飛ぶほど美味しいうどんではないけれど、十二分に美味しい。コシもあるしノビもあるし、若干もちもちっとした歯ごたえもある。だしは比較的さっぱりめ。
しかし、半熟卵天も勿論のこと、ここはやっぱり天ぷらが美味しいのであった。天かすからして、カラッとしていて油っこくなく、歯触りもサクサクとしている。卵についた衣も綺麗な黄金色で、さくさくホロホロ、その中には黄身が良い具合に半熟の卵が1個丸々入っている。さっぱりしただしに卵の黄身と油が溶けていって甘くなったその味がまたたまらない。

美味しい美味しいと言っている天ぷらだけど、そりゃ銀座あたりで1万円とか払って目の前で揚げてもらうようなものを想像していると、当然違うものなわけである。どちらかというと、スーパーの総菜売場でセルフサービス式で売られているような100円均一天ぷらの仲間のような感じ。衣がもっさりしていてべちゃっとしていて不味いところも無くはない。でも、100円なのに、冷めているのに、サクッとしていてほろっとしていていくらでも食べられてしまいそうな天ぷらがあったりするから侮れないのだ。しかもそれが妙にうどんに合うわけで。

ここから派生したものなのか、半熟卵天はどうもあちこちの店でも食べられるようだ。しっかり食べて帰らなければなるまい。

高松市 「うどん市場 天神前本店」
 ざるうどん小 170円
 鶏の唐揚げ 60円
 えび天 80円

「竹清」から歩いて5分。いったいどこまでが朝食でどこからが昼食なのか一向に判断もつかぬまま、とりあえず昼食客が増えてきたようなのでここから昼食ということにする。朝食も昼食もうどん。夜にもうどん。夜食にもうどん。間色にもうどんだ。お、とすると、2軒目あたりのうどん屋は10時のおやつだったのかもしれない。

「うどん市場」は、数店舗展開しているチェーン店。はっきり言って、うどんは騒ぐほどは美味しくはないと思う。普通に美味しい。
でも、何故か私もだんなも「この店は外せない」と思い、しかも通常は禁忌としている「オプション2個付け」とかやってしまうのがこの店なのだ。「お願いだから東京に出店してくれないかなぁ」とも思っているのがこの店だ。なんかこう、この店には胸にぐっと迫るものがあるのである。正確には、胸にぐっと迫るオプションの山があるのである。

昨年入った「うどん市場兵庫町店」もそうだったけど、店に入るなり、奥に向かってどどーんとセルフサービスのカウンターがある。手前から盛りだくさんの天ぷらの数々、唐揚げなんてものもある。更に小皿は揚げだし豆腐だのサラダだのきんぴらだの何だのとこれまた10種類くらい、うどんとミニねぎとろ丼のセットがあったりと、何だか学食のような社食のような様相なのだ。人として、あれもこれもチョイスしたくなってしまうのである。しかもしみじみとした美味しさもある。

今回も、私は唐揚げと海老天をいつのまにか皿に盛っていたし、だんなはだんなでウィンナーを挟んだちくわの天ぷらと、巨大なかき揚げまでも盛りつけていた。これで4軒目なのにである。阿呆である。

でも後悔はしない。キュッと締めたざるうどんはそれでもやっぱり美味しくて、いりこが効いただし汁に胡麻と葱とショウガを落として麺に絡めると、これぞ讃岐という味がした。サクサク衣の唐揚げに、こちらはカリッとした歯触りの海老天。学生時代、こんな店が近くにあったなら何度通ったことかわからない。

高松市 「谷川製麺所」
 小 150円

阿呆みたいに食べ続け、しかも最後に揚げ物ダブルとか食べたもので、だんなも私もちょっと胃袋がヤバい状態になってきた。
「……食ごなしに、ちょっと遠くの店まで行こうか」
と、1軒だけぽつーんと離れている「谷川製麺所」に行くことに。去年も行ったこの店だけど、何といってもだしが美味しい。他と全然違うのだ。野菜が入り油揚げが入り、時にはイノシシの肉までもが入るというこのだしは、だしというより煮込みのよう。うっすら甘くてコクがあって、妙にくせになる。

県道を抜け、細い道に入り、家屋もろくすっぽない道をえんえんと進むとそれらしき建物が見えてくる。駐車場というより空き地という感じの空間に車を止め、まだやっていることを祈りつつ午後1時半頃に店を訪れた。この地では、10時から2時までが大体の勝負時だ。これを外すと営業している店は格段に少なくなっていく。
折良く、残りっぽい風情のうどんは食すことができた。ちょっと悲しいけど、コシがなくなりつつある「うどんのゾンビ」一歩手前というところな感じ。

ここのうどんは量が多い。恐ろしく多い。下手な店の2倍以上はあるんじゃないかというほど、多い。どんぶりにたっぷりのうどんを押し除けるようにたっぷりのだしを入れ、葱をかけ、いそいそと店先の椅子に座って食べる。
大根やにんじんが短冊に切られてざくざく煮込まれ、油揚げなんかも入っている。うっすら甘くてやや濃いめの茶色のだしは、しみじみとあったかくなるような美味しさなのだ。けんちん汁でも喰ってる気分になってくる。

ちょっと伸び気味の感のある麺は、放っておくとだしを吸って食べるスピード以上に膨らんできてしまいそうで、とりあえずは必死に麺をすすることに専念する。打ちたてだったらもっともっと美味しいだろうに、ちょっと残念なことではある。でも、やっぱりだしが美味しいし。

さ、さすがにお腹がいっぱいになってきた……かなぁ(これで5軒目……)

高松市 「松家」
 小 150円

そろそろ宿に行こうか、と言いつつ、「あと1軒くらいは」と未だ開いている店を狙っていってみることに。
「太いの」と「細いの」の2種類の麺があるという「松家」という店に行ってみることにする。タイミング良く(というか、後になっていると悪く、というか)、残り数玉といううどんを、太いの細いのそれぞれ1つずつ食べられた。

背中の曲がったおばあちゃんが「ふといんのとほそいんのと、どっち?」と聞いてくるのを、「1玉ずつ両方ください」と。「あっためる?」と言われてこくこく頷くと、ゆっくりした動作で背後の巨大な釜でうっちゃっちゃ、とゆがいてくれた。だしは奥の鍋の中に。

閉店間際の残り数玉のうどんということは、それはもう残り物というか息もたえだえというか、要するにゾンビというか、そんな感じのものなのだった。本当は切り口がピシッと清清しくなっているはずの細い麺は、ちょっとばかりクタクタクタ〜という印象だったし、普通の麺の1.3倍ほどありそうな太い麺も、なんとなくコシが欠けているというか。そいでもって、最後だったからかどうなのか、いりこだしもちょっとばかりえぐみが感じられるようなものだった。不味くはない、これを東京で食べるなら、多分私は文句言わないかもしれない、でもそう思うには旨いうどんを食べ過ぎてしまった。うう、ごめんなさい、あんまり美味しくなかったです……。

旅館の夕飯
 煮タコと菜の花の突き出し
 平目のお造りと、刺身盛り合わせ
 タコの白波造り
 焼き物盛り合わせ(壺焼き・イカ・白身魚の胡麻焼き)
 タイのあら煮
 茶碗蒸し
 吸い物・御飯・漬物
 凱陣 純米吟醸

数年前、Web日記書き同志として知り合ったSさんは高松市のちょっと外れ、海沿いにある旅館の若旦那だ。昨年高松に来たときには、最後の最後に空港で会って、「今度は絶対泊まりに行きますから!」と言って別れたのだった。これがこれが、調べてみると美味しそうな海の幸の料理がウリの旅館なのだった。素泊まりなんて……悪いよなぁ、と思いつつ尋いてみると快諾してくれたばかりか大歓待されてしまった。恐縮するやら嬉しいやら。で、今回の旅は温泉旅館に宿泊することとなった。昨年末から燃えさかっていた私の温泉熱が、これでやっと解消できる。

午後3時、早めにチェックインさせてもらい、しかも時間外に大浴場まで使わせてもらってしまった。本来は時間別で男湯女湯に切り替わる大浴場を、親子3人でうきゃうきゃと入る。畳の部屋でごろごろしながら早起きで疲れただんなと息子はゆっくり昼寝。私は日記書き。ホテルも良いけど、畳の部屋ではだしでごろごろできる和風の宿もやはりステキだ。窓からは瀬戸内海が良く見える、素敵な宿だった。しかもなんか角部屋で過分に良い部屋なような気が……。

せっかくだし、せめて1日くらいは瀬戸内の魚介も堪能したい。今晩は旅館の温泉と夕食をのんびり楽しむことにした。「うどん巡りされたことですし、量より質で抑えめにしましたから」と言っていただき、適度な量(の適度な金額)の夕御飯。……な、はずだった。……違う。全然抑えめじゃ、ない。力いっぱい盛大な御馳走だ、これは。

目の前には、直径50cmはあろうかという巨大な皿があるのだった。お頭つきの平目がその頭と尻ビレを美しく飾られ、その間には平目の刺身がおそらく1尾分はあろうかという勢いで盛られている。エンガワにブリ、イカなどの刺身も盛られて絢爛豪華だ。別皿には、美しく放射状に盛られたタコのお造り。コリコリプリプリとした食感のタコがきらきらと白く光っている。頭を半割りにした、それでも大きなアラ煮も一人一皿、焼きものは盛り合わせで数種類が美しく角皿に並び、茶碗蒸しもついてきた。高杉晋作も飲んでいたと説明書きにあった地酒をくぴくぴと冷やで飲みつつ、刺身をつまむ。瀬戸内の魚介だ。プリプリで美味しい。いや、しかしこれ、全然「控えめ」じゃないって。

「タコ、プリプリでいーいわぁ〜」
「いやいや平目が絶品で」
「さりげなく薄味の茶碗蒸しが良い味で」
とがつがつ食べる。がつがつ食べるが、直径50cmの皿はなかなか強敵だった。なかなか減らない。最後には喉までいっぱいになったような状態でよろよろと部屋に。
うどん6玉で胃袋を満たした我が身を呪いつつ、でも明日10軒くらい巡る予定を立ててしまった自分をあざ笑いつつ、温泉入って早めに寝るのだ、今日は。温泉入ったら多分すぐに消化できるし(←ホントか?)

3/2 (土)
はりや(高松市)にて「天ざる」 (夕御飯)
綾上町 「山越うどん」にて
 かけ(ひや)小 90円
 げそ天 90円

朝7時起床。今日は朝からうどん屋めぐり。
今日はまず綾歌郡を攻めてみようということで、有名すぎる有名店「山越」の開店9時現地到着を目指して宿を出発してみた。

前回、香川に初めて訪れて早々、迷いながら到着したのがこの店だ。今度は迷いもせず無事に9時ちょっとすぎに店に到着できた。20台は止まれるかという駐車場に、既に5台ほどの車が泊まっている。早々にうどんを食べる客で混み始めている店内だった。

製麺所的様相(というか、まんま製麺所)の厨房でうどんをもらい、店と民家の軒下のようなところでベンチに腰掛けうどんを啜る。相変わらずだ。どんぶりに入れてもらったうどんに葱を乗せたものが手渡され、自分で天ぷらをトッピング。だしは外のタンクの中に入っている。相変わらずだ。

今回は、"かけ"(一番シンプルな、だしをぶっかけて食べるだけのやつ。いや、それよりもシンプルなのは醤油をかけただけのやつだけど)を"ひや"でもらってみた。1玉90円。安い。
コシがあって伸びがあってまろやかで滑らかで、だしはすっきりしているけど、いりこだしの風味がしっかりと。全体的に何とも素敵なバランスを保っているうどんだ。人気があるのも当然だ、という感じの味。

ひやで貰ったそのうどんはシコシコキュッキュとした舌触りもやっぱり滑らかで心地良かった。げその天ぷらを囓りつつ、空腹の胃にうどんを流し込む。
「くー、"今日は3軒だけですよ"とかいう状況だったら絶対にお代わりするのに〜」
「いや、食べ歩きするとしても、お代わりしたかも」
お代わりの誘惑にくらくらしながら、後ろ髪ひかれつつ店を後にした。歯に挟まった葱まで愛しい、最高のお店のひとつだ。

綾南町 「田村」にて
 小 150円
 ちくわ天 50円

続いて、車を5分ほど走らせて「田村」へ。前回来たときは、私は満腹でだんなの丼から一口分けてもらって食べるのが精一杯な店だった。一口だけでも美味しかったし、だんなに至っては「俺の中ではここのだしがサイコー!」と言っている店だ。

タイミング良く、うどんが茹で上がったところで注文の順番がやってきた。おばあちゃんがざかざかと茹でたてのうどんを水で締めていて、できたてのところを1玉ずつ貰う。だしはタンクから入れ、ボウルに入った葱をよそう。小さな棚に乗った天ぷら類から、ちくわの天ぷらを1個乗せる。息子用にコロッケも1個もらい、カウンターに腰掛けてぞるぞると食べる。

ここのだし、苦手な人もいるだろうけどヒットする人にはたまらないものらしい。だんなもどうやらその一人だ。ねっちりしたうどんはツヤツヤしていて、どこか素朴な味わいが。そして、だしは、これ以上なくいりこの風味が強いもの。私には少し塩辛くもあり、いりこの苦さもちょっと感じられるような味だけど、だんなはその濃厚さがたまらないという。確かに、美味しい。「いりこだしがー、いりこだしがー」と、いりこだしのうどんなど見かけられない地方から来た私たちには嬉しい味だ。

やっとスタートダッシュがかかってきたかな、というところで、次の店。

綾南町 「松岡」にて
 かけ小 150円
 げそ天 100円

「宮武ファミリー」と称されているうどん屋群がある。どっしりした強いコシと粘りのある強い麺を出している、「宮武」から派生した店の数々で、この「松岡」もそのひとつ。「宮武」を愛してやまない私たちは、「ならば他の宮武ものも」とここに来てみることにした。

10時の開店直後。ちょうど店が開く直前に車は店先に到着し、店の前には8人の団体様が開くのを待ちかまえているところだった。8人でうどん屋巡りをしているらしい。何だかすごい。

店内は、小さなテーブルと椅子が10人分くらい、あとは小あがりに4人がけテーブルが1つ。小あがりに座って、待望のうどんを食べる。
あつあつで頼んだ「小」には葱とだしがかけられた状態で出てきた。あとはワゴンの上の天ぷらを好みで乗せる。「宮武」といったらゲソ天、なのである。ここにも当然ゲソ天が。長い長い、どんぶりの端から端まで届いた挙げ句溢れてしまうようなゲソ天だ。これは1個100円。

宮武系独特のコシの強さは、あったかいうどんであっても強く強く感じられるものだ。噛むとずしっとした押し戻しがあって、ねっちりと切れる。口の中がうどんで押されてぽよんぽよんする感じ。ピカッと光るうどんの艶もいかにも旨そうだ。
だしは、若干さっぱりした風味のすきっとしたもの。塩味もそれほど強くなく、ゲソ天の油が溶けていくとそれがじんわり甘さを帯びてきて、これがまた美味しい。さっぱりめではあるけれど旨味が凝縮しているようなだしだ。しっとり衣のゲソ天は、ゲソが3本4本と入ったものがどっかりと揚げられている。衣そのものに味がちょっとついていて、ゲソのコリコリした食感と甘ささえ感じられるような衣が妙に似合うのだ。

のれんに店名さえ入っていないような、小さな店。でも、客はどんどん続々とやってきていた。

綾歌町 「まえば」にて
 かけ小 160円
 磯部卵揚げ 90円

次に訪れたのは「まえば」なる店。このあたり、狭いエリアにこちゃこちゃと美味しいお店が詰まっていて、車を5分も走らせればすぐに次の店に着く、という感じ。続けざまに4軒のうどん屋をはしごして、さすがに腹いっぱいになりつつある。が、食べる。

ここはこれまでの4軒の中で一番広い店だった。食べる場所すら怪しい店も多い中、ここは30人以上が座って食べられそうな幸せ設計。オプションもものすごく多い。天ぷらやおむすび、お寿司色々あって目移りする。そろそろ頭の中がぐちゃぐちゃで、何が旨いのか何を食べるべきかのチェックも忘れて、入店。とりあえずおきまりの「かけの小、ひとつ」と注文。

奥からはどんぶりに入ったうどんの玉が出された。好みで別台にて自分でゆがき、だしを注ぎ、オプションものも取り、レジでお金を払って脇にある葱や生姜をぶっかける。種類豊富な天ぷらを見やると
「おゆきさんおゆきさん、卵、卵っ」
と嬉しそうなだんなの声がし、彼は早速と卵を1個小皿に取っているところだった。半熟卵の天ぷららしい。しかも、磯辺揚げ。青海苔のかけらが衣の向こうにちらちらと見える。おおおおお、美味しそう、というわけで、私も当然1つ。
そろそろ腹もいっぱいだというのに、なんでここで卵喰ってますか私たち。

ここのうどんも適度なコシ、適度な伸び、好みの感じの弾力性があって美味しいものだった。切り口がピシッとしたシャッキリうどん、というよりはツヤツヤツルツルツル〜という滑らかさの数値の方が高いといった感じの、喉になじむうどん。
そして、透き通った綺麗なだしは、いりこの風味がこれまた濃厚なものだった。今日の店は、どこに行ってもそれぞれいりこの効いた良いだしを飲ませてくれるけど、ここのもまた格別だ。適度な濃さで、透明感のある味がする。
で、卵は中がとろんと半熟のゆで卵に青海苔がまぶされた天ぷら。ほの甘い淡白な卵を揚げるだけで、こんなに美味しいものだろうか。しかも青海苔が、良い。「う、うまいよ」「たまごだ〜♪」と感激しながら即食する。

あー、旨かった旨かった。そろそろちょっと腹が厳しくなってきた。
このエリア内の「なかむら」に行こうとも思っていたが、かなり胃袋は悲鳴をあげつつある。仕方なく、「市内に戻ろう」と、11時開店の「はりや」を目指すことにした。こちらも超人気店らしい。

車に入って、『さぬきうどん全店制覇攻略本2002年度版』を眺め見る。今喰った店の説明文には、
「半熟卵の磯辺揚げ(90円、限定70個)が人気急上昇らしいぞ。」
と書いてあって、「そうだった!これ喰いに来たんやないか!」と思い出した。いや、喰ったし喰えたからいいんだけど(今度からはちゃんと予習してから入ろう……)。

高松市「はりや」にて
 天ざる 600円

「カウンターだけの一般店。混むしちょっと市街からは離れているし、売り切れ次第終了だけど、美味しい!」
と、この旅行中お世話になっている旅館の若旦那Sさんから教えてもらい、ならば絶対行かなきゃね、と遠く綾歌郡からとっとと高松市内に戻ってきた。本当はそのまま香川県西部を目指せば良いのだけれど、この店、明日は休みだからとにかく今日、食べなきゃいけないのである。ちなみに、セルフサービスの店じゃない、注文とって普通に出てくる店のことを「一般店」という。

午前11時40分。店の前には既に長蛇の列ができている。20人ほどいるだろうか。カウンターしかない店の中にまで並んでいるのが窓の外から見える。が、ここで臆していてはいけない。いつもだったらラーメン屋の行列に並ぶのも避けているはずなのに、おとなしく行列のうしろにつく。15分ほどで1人の客が回転していく、という感じで、15席ほどある客席は思いの外すいすいと動いていく。

カウンターの向こうでは、厨房にて3人が戦闘態勢にあった。茶髪の兄ちゃん(おっちゃんと呼ぶには若いかな、という感じの)が麺をゆで、麺を洗い、麺を盛りつけていく。天ぷら鍋の前ではおばちゃんがひたすら揚げ物を作っている。めがねのお姉さんは蕎麦猪口を出したりどんぶりを下げたりと、これまた細々と動いている。この兄ちゃんが、どうやら店主だ。ニコニコと愛想良く、楽しそうにうどんを扱っている。天ざるの注文が多いらしい。うどんは、かけ、ざる、釜揚げと基本は3種のようで、それに天ぷらだのゲソ揚げだのかしわだのとトッピングのバリエーションがある。

注文してから茹でたてのうどんに揚げたてのトッピングをつけてテーブルへ、という感じだ。だが、トッピングの盛りが半端でない。かしわ(鶏の天ぷらというか唐揚げというか)は、大きな大きな塊をがっしがっしと3つかみくらい、天ぷらも4種くらい、ゲソもこれまた超山盛りだ。うどんの上にうどんが見えないほど盛りつけて、最後にうどんの山の中にレモンの櫛形切りのやつをすっ……と刺して、供している。なんだかかっこいい。

「はーい、お待たせしましたっ」
「はい、どうもありがとね♪」
お兄ちゃん、とにかく元気だ。常連客らしい人と「子供がね、インフルエンザで……(奥さんが)看病中なの」などと苦笑しながら話している。自分が子供がいるためなのか、子供へのサービスが何だかめちゃめちゃ良い。
運良く3人並んだ席ががばっと空き、息子も一緒にカウンターの席につくことができた(膝の上に乗せて食べることを当然覚悟していたけれど)。すぐさま、
「はい、お待たせしちゃったね。良く並んでくれたねー。どうぞ」
と小さな小さなきつねうどんがサービスで出てきた。2口分ほどのうどんに、かまぼこと半分に切った油揚げが乗っている。すすす、すばらしい。ありがとう、兄ちゃん。

そして、茹でたてのうどんをざっしざっしと洗い、手で掴みながら1人分をうっちゃっちゃ、と盛りつける。揚げたての天ぷら類を乗せて、さっと出す。2分ほどでできたてのうどんと天ぷらがやってきた。海老と南瓜とさつまいもと蓮根の天ぷらは、どれも大ぶりだ。うどんの中に切ったレモンが刺さっている。これを天ぷらにジューッとかけて、ではいただきます。

美味しいんである。めっちゃめっちゃめっちゃめっちゃ、美味しいんである。
うどんは好みの、断面四角の切れ目がシャープなピッチピチのもの。茹でたてをサッと締めたばかりのものなので、何だかもう、うどんの躍り食い喰ってる気分だ。コシも充分、歯ごたえもとても好みだ。
ざるうどん用のつけだしには、葱と生姜と胡麻が添えられてくる。ちょっと甘め、濃いめの味付けがまた良い感じ。いくらでも食べられそうな味わいだ。甘さ強めだけど、かなり好み。
そしてそして、揚げたての天ぷらがまたサイコーだった。厚めに切った蓮根はほくほくとして栗のように甘く、さつまいもほくほくほくほくする。パリッとした衣は歯触りが快感で、良い感じの揚がり具合だった。

本当は、あまりに満腹だったものだから「天ざる1つとって、あとはざる1つ取って天ぷらをわけっこしない?」などと言っていたのだ。だが、あまりに旨そうだったもんで1人1つの天ざる。それもぺろっと食べられた(実はうどんがちょっと苦しくてだんなに2口分ほど手伝ってもらったけど)。あまりに旨かった。それで、一人600円。この味、この盛りだったら都内では1500円しても良さそうなものが600円。

かしわも大盛り、ゲソも大盛り、こういう店が近所にあったら週に一度は通いたい、そんな幸せな店だった。
もう、お兄ちゃんもね、大好き(イイ男だったんです、これがまた)。

食べ終わって出てみると、12時半。まだうどん屋巡りには余裕のありすぎる時間帯だ。
だが、私たちの胃袋はもうぎゅうぎゅうのギューだった。あたりまえだ、あんな天ぷらの盛り合わせ喰ってんだから。
「もうね、今ね、お腹押したらピューッて出るよ。ピューッて」
「私はね、地図見たら眼からうどんが出そうだよ」
「やばいね」
「もうダメだ」
「帰って寝よう」
で、あえなく敗走。途中のマーケットでドリンク類を仕入れつつ、宿へと帰還したのだった。帰るなり昼寝。牛のように喰っちゃ寝している私たち。

高松市 「五右衛門」にて
 山かけ(ひや) 750円

だんなも息子も、そして私も長い昼寝をしてしまった。私が最初に目覚め、5時半。だんなは6時半、息子は7時。
「夜のうどんを食べに行こう〜」
と、「鶴丸」「五右衛門」の2店を目指して行ってみることにした。

まずは、「五右衛門」。夜が早い高松市内にあって、午前3時まで営業しているという気合いの店だ。ぶっかけは500円、山かけは750円、どちらも"ひや"で注文した。
"一般店"は、おしなべて量が多い。製麺所のうどんは、大体ちゃっちゃっちゃ、と4口くらいで食べられるところが多いが、一般店は値段が高い分量もけっこうある。1店入れば大体満腹になってしまうので注意が必要だ。んが、噂によると(ってタウン誌『Tj Kawawa』の今月号の「ゲリラうどん通ごっこ」コーナーを見ただけだけど)、「世界最大の小」なんてものもあるらしい。どんぶりから溢れそうなうどんに、葱や生姜を盛ろうとすると落石事故が起きるとか……それはすごい。そんな小は小と言ってはいかんのではないか。ところで『Tj Kagawa』は充実していて妙に面白い。千葉に帰ったら全然役には立ちそうにないのに、定期購読とかしたくなってしまう。

で、山かけの、ひや。
たっぷり多めのシャキッとしたうどんの上にはたっぷりのとろろ、その上に卵の黄身がごろんと乗る。わさびがたっぷりどんぶり縁になすりつけてあって、それを少量うどんに乗せつつツルツルと食べる。上々の味がした。東京あたりでこれ喰った日には「……うま〜!」と叫んでいるだろう、キュッキュとコシのある良いうどんだ。夜7時を過ぎて、だが厨房ではうどんの生地をこねていたりする。まだまだ営業はこれから、といった風情だ。

テーブルの上には天かすが置いてある。うどんには既にだしと、葱、胡麻、生姜の3点セットがかかっている。うどんと生姜って妙に似合うんである。関東のうどん喰ってるとそんなことは感じないけれど、うどんと生姜は良く似合うのだ。いりこだしに似合うのかなぁ。

高松市 「鶴丸」にて
 冷天 850円

午後7時開店の「鶴丸」に、午後7時20分くらいに到着してみたはずだった。が、まだ開店準備中。「あれあれ?」と言いながらとりあえず「五右衛門」に出向き、7時40分くらいに再度行ってみたところ、まだ準備中。扉を開けて「いつからですか〜?」と聞いてみたらば「あと20分くらいだね」と返ってきた。しょうがないので商店街をぷらぷらして数十分の時間をつぶす。

8時10分、無事に開いた「鶴丸」に滑り込む。こちらは朝5時までやっているという、これまた驚異の店だ。
「かけ」は350円、私は「冷天」850円。どうもだんなは風邪気味のようで、さっきからかけばかり食べている。風邪薬も買ってきた。明日は6〜7軒うどん屋をめぐる予定なので、何が何でも治っていただかなくてはならぬ。

ここの店も、カウンターの奥でどかどかとうどんが切られていた。うどんは次々と茹でられていき、茹であがるなり流水で揉んでいる。20分ほど待って、やっと「冷天」がやってきた。褐色の濃いめのだしが少量どんぶりに入り、さらしたてのツヤツヤとしたうどんがたっぷりと。上には葱と胡麻と生姜が盛られて、その上に天ぷらがいくつも。大きめの海老が1本と、南瓜とアスパラだ。揚げ玉もおまけのようにたっぷりと散らされていた。

これまた、繁華街(というか、このへんはバーとか飲み屋がすごく多いので歓楽街というべきか)の中とは思えないほど美味なうどんだった。キュッキュとした歯触りはとても心地よく、のどごしも素敵だ。長い長いうどんはすすってもすすっても終わりがなく、「噛みきるのは反則なんだっけ?」と思いつつ、飲み込みきれずに口で噛みきる。ずぞぞぞぞぞぞ、と店の中にはひたすらにうどんを啜る音が響いているのであった。
周囲には、うどんが茹だるのを待ちつつビールとおでんで一杯やっている人が多い。卵や大根をつまみつつ酒を酌み交わし、いざいざ、というタイミングでピシッとしたうどんが出てくるのだ。……いいなぁ。
香川の住人さんたちがちょっぴり羨ましくなる夜だった。

3/3 (日)
「あたりや」(高松市)にて「ひやひや小」。至福……
琴平町 「宮武」にて
 ひやひや(小) 230円
 ゲソ天

讃岐うどん旅行、3日目。今日は7時半に宿を出て、8時半開店の「宮武」を目指すことからスタート。眠いけど根性入れて起きて、肌寒い中の出発だ。

高松市外の店は、大体において風光明媚なところが多い。ここもまた、周囲は田畑と山が広がり、なんとものどかなところにぽつんとあるうどん屋なのである。「宮武ファミリー」と称される一群の店の、総本山だ。ここのゲソ天は、しみじみ美味しい。ここで揚げているわけじゃなく、専門の店から卸しているということだけど。

計算通り、8時半を5分ほど過ぎたところで到着。客は既に5人ほど来ていた。肌寒く思いつつも私は「ひやひや」(←冷たいうどんに冷たいだし)、だんなは「あつあつ」、当然ゲソ天も2本、そして息子用にコロッケ1つ。

太めの麺は、断面がピシッとしたものだけど、微妙に捻れたりよれたりしている。どしっと腰の座ったような、それはそれは力強い麺であるのがこの店の特徴で、それを私もだんなもこよなく愛している。カラッとした感じのだしもまた、旨いと思う。
昨年食して、痺れるほどの快感を味わったけれども、やっぱり今年もサイコーに美味しかった。ギュギュギューッと詰まっているようなズシッとしたうどんが舌に喉に快感だ。褐色がかったゲソ天もまた、巨大すぎるほど巨大で、味わい深い。朝一番にゲソ天をもぎゅもぎゅと噛みしめながらうどんをすする。周囲は「大」を食べる人、多し。この1軒で終えるなら、私もだんなも当然大を喰うであろう。しかもお代わりしちゃうであろう。だが、今日も先はまだまだ長い。とりあえず一杯食べて店を後にするのであった。

仲南町 「やまうちうどん」にて
 ひやひや 200円
 お寿司

今日目指したい店は、どれもこれも離れているところばかり。近距離に位置する店もなくはないけど、営業時間を考えるとどうしても大距離移動を強いられる。
「ま、その間に消化されていいかもね」
と、大移動。目指すは山の中にある「やまうち」、これまた「宮武ファミリー」の一角だ。

後ろの席から、だんなに向かって道順を指導する。
「この道路、まーっすぐ。ひたすらまーっすぐ」
「……どこまで?」
「まだまだまーっすぐ。とにかく山に入るまでまーっすぐ」
まっすぐまっすぐを連呼して、とにかく辿り着いたところは、飲食店はもとより、民家もほとんどないような場所だった。専用駐車場に車を止めて、案内板(これまた店名の今ひとつわからない看板だ)のとおりに急な坂を100mほど上っていく。そこには突如として1軒のうどん屋(というかほったて小屋)がどどんと建っているのだった。扉を開けると、30人ほどは入れるだろうか客席と、湯気のあがる厨房が。

ここでも私は「ひやひや」を。ガラス扉のケースに入っていた、シンプルなお寿司がそれはそれは美味しそうで、ついつい1皿取ってしまう。天ぷらは抜き。
このお寿司、具はにんじんと油揚げくらいのシンプル極まりないものなのである。酢の味が柔らかく、ほの甘く、これがもう「おばあちゃんのお寿司」みたいな感じで懐かしさ漂いまくりのシロモノだった。
「ん!んまいよこれ、美味しいよ!」
と食べ始めたら最後、だんなに一口あげ、息子にも奪われ、私の取り分はどんどん減っていく。。うどんにつけるオプションとして、天ぷらをはじめいなり寿司とかおむすびあたりは外せないものだけど、この店のこのお寿司は本当に美味しかった。涙ちょちょぎれそうだ。

そして、うどん。これまたいりこの風味がじわじわと主張する良い感じのだしだ。美味しいと言われているうどん屋のだしは、いりこのえぐみを感じさせないのにしっかりとした味がして、透明感もすばらしいところが多い。ここもまた、飲み干した後、「……は〜、やまうち、いいわぁ……」「は〜、やまうち」「……は〜、やまうち」とやまうちを連呼してしまいたくなるくらい、印象の強いだしだった。いかにも宮武系という感じのもちもちキュッキュとした、どしっとしたうどんも大変好み。

丸亀市 「中村」にて
 釜玉(小)
 さつまいもの天ぷら

さて、南下してきた車は再び盛大に北上する。今度の目的地は10時開店の「中村」だ。良い感じに8時半開店の「宮武」、9時開店の「やまうち」に開店直後くらいに到着している。今度も開店後すぐくらいに「中村」に到着した。

北上してきて、だが、「このへんかな?」というところにその店が見つからない。通り過ぎて戻ってきて、飲食店が並ぶビルの奥まったところにその店の看板をやっと発見した。開店後まもないはずなのに、もう既に満席だ。ここは小綺麗な、「一般店」然としたお店だ。天ぷらを取ったりだしをかけたりはセルフだけど、おっちゃんが何かと世話してくれる。観光客慣れしているようにも見える。
「はい、これ釜玉ねー。そこに熱いだしあるし、テーブルの醤油でもいいのよー」
「あそこのお皿の上にお好みの天ぷら乗せてねー、おむすびはあっち」
初心者さんにも安心の、親切設計、という感じ。

店が小綺麗すぎて、「ホントに美味しいかな?」という不安が当初はあったけど(←偏見)、釜玉を啜ってみてびっくりした。めちゃめちゃ旨い。
麺は若干細めでやや平たいもの。のびのある、ぴよ〜んとした滑らかな麺に卵が絡められ、どんぶりに入っている。だしを注ぐと、麺とだしの熱さで卵はやわやわと半熟状に固まっていく。葱かけた麺を、大きく息を吐いてからおもむろにずるずるずるずるっと啜ると、喉にぴたっとくっつくような感触を残して胃に落ちていく。ほどよい弾力がある麺は独特の滑らかさ柔らかさでとても口に心地よいのだ。うっわー、これまためちゃめちゃ美味しいなー。

とにかく私は「ひやひや」が大好きで、コシがありすぎるくらいあるうどんが大好きだったりする。「宮武ファミリー」を愛してしまうと、他のうどんに物足りなさを正直、感じてしまう。でも、「こういうのも"あり"なんだなぁ」と改めてしみじみ思った。いりこの味がびしっと感じられるだしもまた、上質だ。だんなの「ひや」もまた、ツルンと滑らかで良い感じだった。長距離移動してきた甲斐があったというものだ。

琴南町 「谷川米穀店」にて
 小 \100

車は再び南下する。また山奥を目指し、今度は11時開店の「谷川米穀店」だ。
「どのくらいまっすぐ?」
「えとねー、ずーっとまっすぐ。今度こそ山のどまんなか。県越えしそうな勢いで一直線」
「……どっしぇー」
などとだんなを狼狽えさせながら、車はどんどん山奥へ。
「このへんで、曲がって曲がる……うわ!」
「うお!すげぇ行列!」
店の場所はすぐわかったのであった。橋のかかる、ちょっと開けた空間に出た途端に路上駐車が溢れて行列ができているのであった。開店を30分過ぎて、列は長くなる一方、という感じの店だった。

わかりやすいメニューだ。小と大、あとは卵を入れるか入れないか、だけ。だしはない。テーブルの上にある醤油と酢をちゃっちゃとかけて、葱かけて、あとは自家製の青唐辛子の漬物を好みで放り込み、かき混ぜて食べる。列は長いけど、着々と少なくなっていく。20分ほどでめでたく店内に入り、壁際の椅子に座って麺を啜ることができた。

客のほとんどは「大」を注文している。どころか「大」を喰った後に「大」をお代わりしているのだ。なんなんだそれは。これで4玉目喰ってる私たちが驚く資格はないかもしれないけど、その量は尋常じゃないぞ。あああ、女の人までお代わりを。ちなみにほとんどが「卵入り」を注文しているような感じ。よっくかき混ぜて食べるがポイントのようである。
ま、確かに1玉は割と少なめなのではあった。茹でたてのあったかいうどんを丼にもらい、ちゃっちゃと葱かけ醤油と酢をかけ、唐辛子の漬物は小指の先ほどだけ入れて、かき混ぜて喰ってみた。……ひゃー。
つるんつるん、としていて、ぴよーんとしていて、口のどの部位にもうどんがフィットするような、、妙にしっとりと身体になじんでくるうどんだった。微妙な温かさのうどんが醤油と酢の風味をまとってスルリと胃に落ちていく。じんわりと口に広がる唐辛子の辛さ。いりこだしのうどんばかりを喰っていたここ3日、何だか新たな境地に踏み込んでしまったような気がした。こ、これもいいなぁ。

「だんな、美味しいね」
横に座るだんなを見やると、もう喰い終わっているのであった。30秒くらいしか経っていなかったというのに。飲むように喰えるうどん。驚異のうどんだ。
しかも。
「……なんか、これ喰ったらお腹空いちゃったよ」
「……あ、私も。なんか消化薬のように食欲増進されるうどんなんだよね」
「……もう1玉食べれば良かったかなぁ」
「……大にしても良かったかなぁ」
これ喰った所為で、前の3玉分の胃の圧迫感が軽くなってしまったのである。ある意味危険なうどんだった。恐ろしいほど。

高松市 「あたりや」にて  ひやひや小 250円
 ゲソ天 100円

昼過ぎて、まだ5軒目。今日のペースはとても遅かった。あまり効率の良いうどん屋巡りではなかったけれど、その分胃袋に余裕ができて、どの店でも美味しく食べられた。本当にどこ行っても感動することばかりで、そういう意味では今日のうどん屋巡りはとても幸せなものだ。

「あと一軒……かなり戻るけど"あたりや"に行く?」
「行っちゃおう行っちゃおう、あそここそ最後にふさわしい」
と、目指したのは高松市内の「あたりや」。パチンコ屋の駐車場の地下(といっても周囲の土地に段差があって、地下だけどそこは屋外になっている)にある、小屋がその店だ。「わかるかい!」と鋭くツッコミを入れたくなる場所は、昨年探して見つけた時には「こ、ここか……」と脱力したものだった。

タイミングが良かったのか、午後1時半、行列はなかった。すぐさま入って「ひやひや」を注文。この店は「宮武ファミリー」だからして、ゲソ天も同じものが置いてある。これも最後とばかりに皿に取る。息子にはおむすびを。
だしも葱もかかって出てくる丼を持ち、横のガラスケースからゲソ天を取り、小上がりに座って最後のうどんを堪能した。時間的にはあと1軒回れたかもしれないけれど、次の一軒ま満腹で美味しく食べられないかもしれない、だからここで終わらせるつもりだった。

少し捻れがあるような、キュキュッキュッと締まりまくったうどんは、「宮武系」なものであることには変わりなく、でもここのうどんには何とも言えない「若さ」のようなものがあるように思う。中から弾けそうです、という感じのピチピチ感があって、系列の中ではここが一番好きかもしれない、とも思う。本家「宮武」は、渋いオヤジの魅力というか。そこもまた素敵なものではあるけれど、「あたりや」に来たら来たで「あ〜、あたりや」「は〜、あたりや」とやっぱりため息をついてしまうのだった。カラッとしたいりこ風味濃厚なだしもやっぱり、引き締まった感じで良いのである。

飛行機は4時半。まだ余裕はあるけど、ここでうどん屋巡りは終了した。
「どのくらい行ったかねー」
と、道中買っていた『恐るべきさぬきうどん』の最新刊、5巻の巻末にあった「100軒以上のうどん屋を食べ歩いたうどん好き102人が選んだ私の好きなうどん屋さん RANKING BEST 50」を見ると、前回と今回のうどん巡りを合わせて、
・50位中24軒
・20位中18軒
訪問していたことが明らかになった。一応、美味しいと定評があるところのベスト20の9割は食べたみたことになる。
やっぱり好みはそれぞれなわけで、私もだんなも、「ん〜、好きな順はちょっと違うよね」「ん、俺も」とは思う。でも、確かにどこも「なるほど」と思える店ばかりだ。旅行記にまとめるときには面白半分に「麺は一番ここが好き」とかやってみようと思うけど、さてどうなることか。

レトルトカレー
牛乳

今回巡ったうどん屋は18軒。でも、どこも美味しいところばかりだったのでかなりシアワセだった(前回はハズレもちょっとあったりしたので)。
飛行機はスケジュール通りに離陸し、無事に羽田に戻って来られた。千葉方面行きのリムジンバスに乗り、降りたところからタクシーで帰宅し帰りは7時半。もう家族全体、ゲレゲレに疲れていた。ペーパードライバーのだんなの疲れは格別だろう。

山のような洗濯をし、荷物の片づけをし、夕飯は腹もあまり空いてないのでごくごくごくごく軽くレトルトカレー。食料庫から横須賀なんちゃらカレーを発掘し、ろくにパッケージも見ないままパックを湯に放り込んで冷凍御飯をチンしたやつにぶっかけて食べる。準備10分、食べるの5分。

で、午後9時、「……も、寝る」と風呂も入らずだんなが寝室にひっこみ、息子もまたすぐに寝てしまった。私は一人で日記書き。さすがにこれだけうどんばっか食べていると、途中の記憶があやふやになってくる。ちょっと必死に記憶を引きずり出そうとしてみたり。