食欲魔人日記 02年10月 第2週
10/7 (月)
Hong Kong(Nashville)にて、ランチボックス (昼御飯)
干し葡萄入りコーンフレーク with 牛乳

今日は9時にH夫人と待ち合わせしている。
我が息子とH夫人の娘さんに予防注射を接種させんと、保健所に行ってみるつもりなのだ。

「オラオラ、8時半だぞー、起きんかーい」
と息子をたたき起こし、家族皆でコーンフレークをさくさく食べてから行くことにした。アメリカの予防接種は何本も一気にブスブスとやられるものだと聞いてるけど、コーンフレークだけで息子は乗り切れるかなと心配しつつ。

Nashville「Hong Kong」にてランチボックス
 チャーハン
 鶏肉のチリソース
 玉ねぎとピーマンと豚肉の炒め
 じゃがいもの炒め煮
 アイスティー

本日、結局注射をまとめて5本打たれた我が息子。同じく5本打たれたHさんの娘さんと共に、とりあえずだんな達がいる研究所に戻ったのだった。

「すごかったんだよ、牛か馬みたいにブスブスやられちゃってさ」
「すげー」
「もう子供たちが暴れちゃってね、女医さんが"マァム!"って叫んだだら、巨大なおばちゃんが出てきて息子をホールドしちゃったんだよー」
「すげー」
と、息子たちの武勇伝(?)をかましつつ7人一緒にお昼御飯を食べに行った。

最近だんなが良く行くらしい「Hong Kong」なるお店だ。イートインもテイクアウトも出来る店。カウンターにチャーハンや焼きそばなどと共に10種類ほどのおかずが並んでおり、
「あれ、入れて」
「あと、これと」
と指示して器に盛りつけてもらうスタイルになっている。イートインなら蓋なしの皿で、テイクアウトなら蓋つきのドギーバッグに盛ってくれる。なんでももの凄い量らしいので、残りを持ち帰る事を前提にドギーバッグに入れてもらった。

チャーハンと、鶏肉のチリソースと炒め物各種。あれと、これと、と言っていたら皿の上は大変な事になった。ううう、「食事」というより「餌」みたい。
味がすっかり混ざってしまいそうになるのを苦心しながらよりわけつつせっせと食べた。どんぶり1杯分くらいのチャーハンに、たっぷりのおかずたち。チリソース煮は若干ジャンクな味が漂っていたけど、他の炒め物もチャーハンもしごくまっとうな味がした。コテッと甘辛く味付けされたじゃがいもの炒め物も、さっぱり塩味ベースの豚肉の炒め物もかなりいける。パラパラッというよりはポソポソッとしたチャーハンも、それなりに旨い。

注射を打たれまくった息子は、さすがに疲れた模様で、午後に帰宅した途端に昼寝していた。私も昼寝。息子は来月に、今度は3本の注射を打つ予定になっている。

たらこのスパゲッティ
中華風コーンスープ
アイスティー

先日、日本食材屋で"マッシュたらこ"を買ってきた。
たらこは、貴重品だ。「Japanese Food」という店では、"日本じゃ絶対こんなの冷凍して売ってない"という品を冷凍して売りまくっているのだけれど、冷凍ケースには油揚げや大福などと共に明太子なども入っているのだった。たらこもある。他では見かけることのない貴重品だ。それゆえに、冷凍たらこは1腹8ドルほどもする。倍量ほど詰まっている"マッシュたらこ"の冷凍は12ドルだった。5ポンドの牛ひき肉が99セントで特売されているようなこの環境で1パック12ドルのたらこはキャビアよりも高級品に思えてくる。でも、どーしてもたらこおむすびと、たらこスパゲッティが恋しかったので買ってきてしまったのだった。

「なんか、空腹なんですが」
「そうですか、私も空腹です」
「スパゲティ、1パックいっちゃいますか?」
「……いっちゃって、宜しいんじゃないですか?」
と、1ポンドの麺を茹でまくっちゃう。巨大な木製ボウルにバターをたっぷり落として常温で柔らかくしておき、マッシュたらこを日本酒で軽く和えたものをバターと混ぜ合わせる。あとは茹でたての麺を放り込んで美しきピンク色になるまで混ぜるべし混ぜるべし混ぜるべし。最後には揉み海苔もかけるべし。

昨夜の残りのコーンスープと、本日の昼食の残りを持ち帰ってきたものと共に食卓に並べて、山のようなたらこスパゲッティを各自の前に盛りつけた。本当は、酒と和えるときに昆布茶も入れると味わい深くて良い感じなのである。が、昆布茶は手元にないので鰹節の粉を混ぜるという暴挙をやらかしてしまった。が、それはそれで、まぁ、悪くない。ちゃんと美味しいたらこスパになった。懐かしき味がした。

……さすがに、450gのスパゲティは3人家族に多すぎたような気がしなくもないけど。

10/8 (火)
鶏肉が炊けたよー (夕御飯)
コーンフレーク「Fruit & Fibre」 with 牛乳

昨日、ブスブスと5本の注射を打たれた息子。
熱こそ出さなかったものの、昨日はずっと「肩がいたいよー」と半べそをかき、眉毛を8時20分の形にしたまま眠りについた。話によると、一緒に行った1歳児のHさんの娘さんは高熱が出てしまったらしい。今ひとつ好調とは言えない、今日の息子だった。

「何を食べますかー?」
起きてきた彼に聞いてみる。
「パリパリがいいと思うよー。新しいパリパリがいいなぁ……」
"パリパリ"とはコーンフレークのことで、彼は最近買ってきたばかりの「Fruit & Fibre」をご所望ということだった。まだ肩がだるそうな息子なので、ささやかな願いはきいてあげることにする。

スーパーマーケットで100種類くらいあるんじゃないかというコーンフレークの広大な売場だけど、目下のところ「Post」社のものがお気に入り。フローズンストロベリー入りのものも干し葡萄入りのものも、今回のフルーツファイバーも全部ここのものだ。他のメーカーのものと比較すると比較的大人っぽいパッケージだった(そしてなんとなく旨そうに見えた)から最初に手にとってみたのだけど、甘すぎることもなく味気ないこともなく、なかなか好みな味なのだった。私はざかざか色々なものが入っているのが好みなので、"フルーツなんちゃら"なるネーミングのものを今回買ってきてみたのだった。ナツメヤシ、レーズン、くるみ入り。ほのかに甘くて旨かった。

テーブルパン バター&イチゴジャムサンド
炒めベーコン
グレープジュース

今日は一日我が家でおとなしく、私は仕事したり息子はパソコンで幼児向けゲームにいそしんだり。
昼御飯は、と台所を漁ってみたところ、そういえば今週末から旅行に行くから食材処理週間に入っていたんだよなぁということを思い出した。肉やパンはほとんどない。卵も使い切ったところだ。生クリームのようなものもない。

「ベーコンを……食べるか。でもベーコンエッグはできないんだよなぁ」
とあれこれ考えた挙げ句、冷凍庫に保存していたテーブルパンをジャムバターサンドにし、肉っけが恋しかったのでベーコンを炒めて、という、"皿にはパンとベーコンだけ"というちょっと悲しい光景の食卓になった。ベーコンがぺろんと数枚、というのがパンだけが皿に乗るよりも寂寥感を漂わせているような感じ。

「パンとおにく、くちゅったの?」(作ったの?と言いたいらしい)
息子が寄ってきた。
「わぁー、すごいなー。ごはん、ありがとうね、おかあさん」
私が時折、「だんなー、御飯作ってくれてありがとうね」などと言っているので、息子も最近真似をしてそういう事を言うようになった。いや、でも、パンとベーコンにありがとうねと言われても。私の良心がしくしく痛む。手抜きでゴメンよ息子。

鶏むね肉のにんにくダッチオーブン焼き
タラモサラダ
鶏スープ
羽釜御飯
ビール(Sam Adams "Cream Stout")

「食材処理週間」突入の今晩の夕食は、鶏肉の蒸し焼き。何日か前に買ってきてあった鶏肉をいざ食べようと、手っ取り早くダッチオーブンで調理しちゃうことにした。
今回は、塩と胡椒をよくよく揉みこむことに。余熱したダッチオーブンに骨つきの胸肉をぽいぽい放り込み、にんにくもざらざらと投入し、あとは弱火で数十分火を通していくだけ。

鶏肉調理中に御飯も炊き、更に残っていたタラコをなんとかしようと簡単にタラモサラダにしちゃうことにした。じゃがいもを茹でて潰し、マヨネーズとタラコで和える。

数十分後のダッチオーブンは、今日も素敵な光景になっていた。
白い湯気と共に黒い鍋の中に現れたのは、ふくふく火が通った鶏肉と、たっぷり出てきた肉汁のスープ。にんにく風味の肉汁は、そのままでは塩気が強すぎたのでちょっとお湯で伸ばしてからスープとして飲んでしまうことにした。本当はパセリ散らしたり香味野菜を入れて軽く煮込んだりしたいところだけど、何しろ我が家は食材処理週間なのでろくな野菜がないのである。薄めただけでそのまま飲むことに。

今日の肉も旨かった旨かった。味をつけない肉を調理するのもまた肉の味が楽しめるけど、塩胡椒を揉み込んだら揉み込んだでそれがしっかり染みてビールがいくらでも進みそうな味になる。肉汁吸って蒸し焼きされたにんにくが栗のようにホクホクになっていた。
ボストンのビール「Sam Adams」の黒ビールを傾けつつ肉を囓り、御飯1膳片手に肉を平らげた。更にちょっとずつ啜っていたスープを、
「いや、このスープ、ただ飲むよりこうした方が……」
と言いつつ、スープ皿に御飯をじゃぼんと投入して雑炊もどきにしてしまう。にんにく風味の塩胡椒が効いた鶏のスープを吸った御飯、実は今日の夕飯で一番美味しかったのがこの雑炊もどきだったりして。

10/9 (水)
ドライカレー (夕御飯)
たらこおむすび
緑茶

昨夜はたっぷりの御飯を炊いた。冷凍して手抜き食事の際に備えよう、という魂胆だったのだけど、
「おにぎりにしましょう♪」
と我が家のおにぎり魔人(=だんな)がおもむろに塩を準備し、"ごはんですよ"を準備し、たらこも準備し、おにぎりを作ってくれた。大きなおにぎりが6つできて、そして御飯はなくなった。……ま、いいか。

今日は午前中早めに保健所に再び行く予定。ツベルクリンの注射を打ったので、陽性か陰性か見せにいかなければならないのだ。
眠い目をこすりつつ、おにぎりがあることに感謝しながらたらこおむすびの朝御飯。お供にはやっぱり日本茶でしょう、とマグカップに緑茶入れてぐいぐいと飲む。

ユンさんのチーズケーキ
牛乳

ツベルクリン反応は、私の息子もH夫人の娘さんも、無事に「陰性」で通った(BCG打ったのに、なんで陰性になったのかちょっと謎)。
アメリカでは、ツベルクリンの反応が陽性になると非常にめんどくさいらしい。BCGを打つ習慣のない国なので、結核菌が出なくて(陰性で)あたりまえ。陽性になると"結核の治療が必要かもしれない"と判断されて、やれレントゲン取ってこいだの、やれ一応結核治療薬やるから飲めだの、さんざんな展開になる可能性もあるということだ。とりあえず何事もなく、診察は15分で終了。やれやれだ。

でかいおむすび2個を朝御飯に食したので「……今ひとつ腹が減らぬ」と思っていたところ、だんなが見慣れぬ紙袋をぶらさげて帰ってきた。英語学校で席を並べている韓国人女性、ユンさん(仮名)が手作りチーズケーキをくれたのだとか。

既婚未婚ひっくるめて、最近留学生仲間たちが「ユンがいい」「いや、アラレちゃんがいい」と最近何やら騒がしいのである。話によると、常盤貴子似の韓国人女性ユンさんと、まんま"アラレちゃん"な同じく韓国人女性が人気を二分しているらしい。
「いや、俺は絶対ユンだね」
「いやー、やっぱり"アラレちゃん"でしょう」
と男共、うるさいうるさい。
昨日は、だんなが"ユンランチ"なるものをセッティングして独身のIさん及びMさんと共に4人で飯喰ってきたんだそうだ。はいはい良かったね良かったね(投げやり)。

で、ランチのお礼というわけじゃないんだろうけど(別に奢ったりしたわけじゃないらしいし)、そのユンさんが手作りチーズケーキを持ってきて、ランチを共にした男共にお裾分けしてくれたのだそうだ。それをしっかり家に持ち帰ってくるところがだんなの偉いところというか無鉄砲なところというか無神経なところというか、彼の頭にあるのは"甘くて美味しいものはおゆきさんが喜ぶに違いない"という事ばかりで、それを「わー、ケーキだ」と素直に喜んじゃう私にも問題はあると思うが。

「ユンさん萌え」のIさんはチーズケーキを前に浮かれまくって大変だったらしい。いつも食べ物を前にすると即食いするくせに、この時ばかりは「この感動をいつまでも味わいたい」とちびりちびりと研究室で舐めるように食べていたのだそうだ。しかも家に持ち帰って冷蔵保存までしているらしい。もうアホだ。馬鹿だ。

そんなこんなで有り難いチーズケーキ、腹もすいていたので有り難くおやつ代わりにいただいてしまった。プレーンなベークドチーズケーキ、甘さ淡めでかなり良い感じだった。いいねぇ、手作りケーキ。でも、なんか、"だんなの友人女性かつ私の知らない人が作ったものを食べる"というのは微妙な感覚ではある。
「……ん、おいし」
心なしか、控えめに感想を述べる我が夫。
「……美味しいけど、ジェラシーの味がします」
と続けて私が呟いたところ、苦笑いしてだんなは少しばかりわたわたとしていた。いや、本気でジェラシー感じてるんだったらゴミ箱に速攻突っ込んでるって。

ドライカレー
タラモサラダ
スティック野菜 with マヨネーズ
福神漬
ビール(コロナ・La MAUDITE)

先日、ピクニック用のミニハンバーグのために買ってきた牛肉ときたら、すごかったんである。5ポンド(2.5kg弱)で99セント。100g4セント。はっきり言って、果物より野菜より、牛乳より安い牛肉だった。もう何の肉だか信用ならないほどの値段だ。もしかして肉ですらないのか、などと思ってしまう。

で、1ポンドのパックよりも、その「お徳用5ポンドパック99セント」が安かったもんだから買ってきたのは良いけれど、ミニハンバーグを作って、麻婆豆腐にして、それでも2ポンドくらい余っていた。牛ひき肉の大量消費には何が良いのだろう。
「ドライカレー、作ろう。そいでもって、独身者軍団を召喚しよう」
ということになったのだった。大食らいのIさん・Mさんと、更にもう1人の助っ人Wさんも呼べば、さすがに喰いきれるだろうと判断したのだった。

今日は4時頃からカレーの仕込み。
ひき肉2ポンドをパラリとなるまでダッチオーブンにてせっせと炒めて、それは一旦別の皿に避けておく。ひき肉を取りだした後の鍋にみじん切り玉ねぎを3個分加えて、再びせっせと炒める。水分がすっかり飛んだ頃にカレー粉その他クミン・コリアンダー・カルダモン・塩胡椒などを投入。じっくり絡めて炒めたらピーマンとにんじんとセロリのみじん切りも加え、炒めた肉も加え、またもやせっせせっせと炒める。炒めまくる。
適当に火が通ったら、いったん湯をひたひたに加え、ローリエ1枚沈めてから更にスパイスを加えて味を調整しつつ煮込んで水気を飛ばしたら完成。

レシピには「肉800gに対してカレー粉大さじ10」などと書いてあったりするけど、市販のカレー粉を使ってそのとおりにやろうとすると、大抵それは苦くなる。どうも市販のカレー粉ってやつはターメリック(ウコン)が大量に入っているようで、ターメリックってやつは香りは良いけど入れすぎるとめちゃめちゃ苦い。なので、「カレー粉を入れよ」とレシピに書いてあるときには、カレー粉を使いつつ他のスパイスもばかすか入れる方が美味しいように思う。今日はちょっと苦みが出てしまったので、慌ててケチャップ入れてみたりジャックダニエルのステーキソースも甘味づけにぶちこんでみたり、更にはとんかつソースや醤油も隠し味で、と、大変なことになってしまった。もう一度同じ味を作れと言われたら絶対無理という感じ。ソースや醤油のおかげで、ほのかに懐かしい味なんかも漂って、味は上々になった。ダッチオーブンにたっぷりのドライカレー。さすがに無くならないだろう。

そして、米は9合用意。前回、2人の来客を迎えて6合で足りなくなったことがあったので、今回は気合いを入れての9合だ。我が家の羽釜では4合が限界なので、Iさん宅から電気炊飯器も持ってきてもらって炊いた。ドライカレーの量とあいまって、気分は給食のおばちゃんだ。
あとは余ったにんじんとセロリをスティックに切ってマヨネーズと共に出し、昨夜たっぷり作ったタラモサラダも。ドライカレーにはゆで卵でしょう、と7個もの卵を茹でて輪切りにしておいた。あとは福神漬。

さすがに3人の男が来客で来ると、狭い家がますます狭く感じられた。かろうじて6人が座れるテーブルに全員がつき、一斉にドライカレーが消えていく。「御馳走になります〜」と差し出されたビールは1本2ドルという高価なもの。カナダのビール、「La MAUDITE」というものらしい。ガーゴイルらしき小悪魔のイラストが描かれた、何やら怪しげな瓶だった。イーストがそのまま瓶の下に入っていて、赤ワインのように"おり"があるビールで、アルコール度数が8%とやや高め。独特の発酵臭のある面白いビールだった。ビーフカツあたりに似合いそうなこってり味だ。

今日もみなさん、呆れるほど良く食べた。7合炊いた電気炊飯器の中身はすぐに空になり、羽釜で炊いた2合の米にも登場していただいた。「余ったら冷凍にしよう」と思って作った2ポンド肉のドライカレーは、ほとんどすっかり無くなった。仕事の昼休みに神保町やら新宿やらにカレーの食べ歩きをしてしまうほどカレーが大好きなIさんが「ん、うまいです、うまいです」と山盛り3膳喰っていたから、きっとけっこう旨かったんだろうと思う。

でもそのIさん、"ユンのチーズケーキ"はまだ勿体ながって冷蔵庫に残してあるんだという。
「作ったものをすっかり食べてもらう悦び」
と、
「作ったものを貴重がってじっくりゆっくり大切に食べてもらう悦び」、
どっちが料理好きにとって嬉しいことなのか、実に実に微妙なところだ。

10/10 (木)
だんな特製ナポリタンスパゲッティ (夕御飯)
"ごはんですよ"おにぎり
緑茶

「たまには俺も、人がにぎってくれたおにぎりを存分に食べたいよ……存分ににぎるんじゃなくてさぁ」
と言いつつ、その割にだんなは楽しそうに、残り御飯をおにぎりに加工している今日このごろ。殊に"ごはんですよ"おにぎりがお気に入りのようだ。
「この、"ごはんですよおにぎり"、1個1ドルで売れないかしら」
などと商売になるようでなりそうにないことを呟いている。

本当は午前中、教会主催のイベントに出席している木曜日だけど、昨夜ぱたぱたと仕事のファックスが届いたのでこれをやっちゃわなきゃなということで教会は欠席。
冷たい雨が降ってすっかり秋な気候の今日は家でせこせこと仕事をすることになった。おにぎりにすると、不思議と冷めた御飯も美味しいし、共に啜る日本茶もしみじみ美味しかったりする。ずずー。

昨夜のドライカレーの残り
ジャムバターサンド
牛乳

昨夜あきれるほど大量に作ったドライカレー(肉2ポンド、玉ねぎ3個、にんじん2本、パプリカ1個、セロリ1本を使用)、半人前にも満たないほどの、本当に少しの量が鍋底に残っていた。器に御飯と共に盛りつけてすぐに食べられるようにしておいたので、それをチンして昼御飯。
「やっぱり1晩経つ方が味が馴染んで美味しいわぁ」
と思いつつ、半人前ほどのカレーを息子と半分こ。

それだけじゃ物足りないので、テーブルパンも囓ることに。
渡米直前に噂は聞いていたけれど、アメリカには「ジャムバターサンド」ならぬ「ジャム・ピーナッツバターサンド」なるものがある。だが、何かのCMでイチゴジャム&ピーナッツバターのサンドウィッチがTVに写っているのを実際に見てしまうと「どどどど、どっしぇー」という感じ。ポイントは甘くないピーナッツバターを使うことらしい。

が、残念ながら我が家にあるのは甘いピーナッツバターなのだった。それを使ってジャム・ピーナッツバターサンドにチャレンジしてみようかとも思ったけれど甘くなりすぎたら悲劇だと思い、今日のところは普通のジャムバターサンドにしてしまうことにした。バターたっぷり、イチゴジャムたっぷり。

だんな特製ナポリタンスパゲッティ
アイスカフェオレ
葡萄

午後6時、H夫妻が娘さんを連れてやってきた。
今日はH夫妻が「オペラ座の怪人」の夜の回を見に行くのである。
「しばらく夫婦二人で食事なんかしてないでしょう?」
「たまには子供抜きでゆっくり食事でもしてきなさいよ」
と、早めに彼女を預かって夫婦ゆっくりしてきてもらうことにした。

さすがに目が離せない年齢なので、私が子供らを見ている間に、だんながパパパーッとナポリタンスパゲッティを作ってくれた。玉ねぎとピーマン、ベーコンとソーセージがたっぷり入っている、味付けはバターとケチャップだけのすこぶるシンプルなスパゲッティ。我が家のナポリタンはバターがこれでもかと入るのがポイントだ。いつもだんなが作ってくれるけど、私だったらとても入れられないような、投入には勇気が必要なほどの量のバターが入っているらしい。
「ひ、姫のお口に合うかしら」
などと恐々としながら彼女の前に皿を置いた。いきなりソーセージを口に運ぶ姫。続いてベーコン、ソーセージ、ソーセージ、ソーセージ。姫は"肉もの"がお好きな御様子だった。
「うぉぅ……おいちー!」
姫、御満悦。
「おおー、お口に合いましたか!」
と、すっかり好々爺のような顔になって喜ぶ我が夫。気分はきっと"じいや"なのだろう。

滞りなく何時間か過ぎ、さすがに9時を越えた頃に「おかぁさぁん」と泣き始める彼女。汗と涎とその他諸々で胸元ぐしゃぐしゃの姫を着替えさせようとするも、「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ」と涙ポロポロこぼして暴れてくださる。同性なはずなのに、私の気分は"借金のカタに生娘を連れていく悪の商人"という感じ。

つかの間の「バーチャル4人家族」は、なかなかどうして楽しかった。泣いたりはしゃいだり駆けずりまわったりと大変だったけど、
「本当にお世話になりましたー」
とHさん夫妻と共に帰るSちゃんを見送る私たちの心境は"花嫁姿のクラリスを見送る石川五右衛門"なのだった。
「……可憐だ」

10/11 (金)
Pancake Pantry(Nashville)にて コンボサンドウィッチ (昼御飯)
冷凍パンケーキ&冷凍ワッフル バター&蜂蜜添え
アイスカフェオレ

最近何だかんだと夜更かししたり朝早く起きたりしていたので、今日は思う存分寝ていたところ、だんなよりも息子よりも遅くまで寝ていたらしい。
「おゆきさーん、9時半ですよ」
「おかーさーん、くじはんですよぉ?」
と背後に巨大な温かい物体と前方に小ぶりの温かい物体がやってきてふがふがと耳元で囁かれて起こされた。
適当に朝飯喰いましょう、と、あと3枚しかなかった冷凍パンケーキと、こちらはまだ十数枚箱に詰まっている冷凍ワッフルとを共に温めて食べることに。A先生の農場産の蜂蜜をこってりつけて、バターを添えて絡めながら食べた。ジャムとバターの組み合わせも良いけど、蜂蜜とバターという組み合わせも非常に良い。塗ってしばらくするとパンやらパンケーキやらの断面が独特の"じゅわっ"とした微妙な歯ごたえになるのもまた更に良い。

Nashville 「Pancake Pantry」にて
 サンドイッチ : The Combo
 本日のスープ : Clam Chowder
 アイスティー

急ぎの仕事というわけではないけど、何枚か仕事のファックスが来たので午前中はそれをペケペケとやっていた。
「だんな、洗濯機回してきてねー」
「だんな、乾燥機かけてきてねー」
「そろそろ乾いたころじゃなーい?」
と夫を使いまくる私。ひととおり終わった頃、だんなが「おなかがすいたよ、しぬーしぬー」と騒ぎはじめた。そ、そういえばお腹、すいたねぇ。

美味しいサンドイッチが食べたいなぁ、という話になって、
「"P"のサンドイッチは美味しかったよねぇ」
とおもむろにパンケーキ屋を目指すことになってしまった。ここには大きな罠がある。サンドイッチが食べたかったはずなのに、ついつい目はパンケーキメニューを追ってしまうのだ。今日も「ああ、生クリームこってり系が食べたいかも」と心ゆらいでしまった。いやいやいやいや、今日はサンドイッチを食べに来たのだ。

私はコンボサンド、だんなはアメリカンデラックスハンバーガー。4種類の「本日のスープ」からクラムチャウダーを大皿で頼んで、注文するなりやってきたスープを家族で飲み回しながらサンドイッチを待つ。大きな深皿にたっぷり入ったスープは1杯3.85ドルで、山ほどの袋入りクラッカーがついてくるのをバーリバーリと砕いて散らしながら食べる。
角切りにされたじゃがいもも玉ねぎも、そのエッジが煮崩れてやわやわとしている。ざらっと入った細かいハマグリもたっぷりで、相変わらずしみじみ美味しいスープだった。サンドイッチがやってくる前に早々になくなる。

で、しばししてやってきたのがこんがりきつね色にトーストされたサンドイッチ。中にはたっぷりの柔らかいハムと、とろけたチェダーチーズが挟まっている。横に添えられているのはハニーマスタードで、更に自家製らしきポテトチップと、ココット皿に入ったリンゴのスパイス煮が共にやってきた。
「マスタードはともかく、リンゴも挟んで食べろということかしらん?」
「いや……口直しじゃないの?」
と首をかしげつつ、ともあれコンボサンド。薄切りパンはサクサクと良い感じに焼けていて、塩味がちょいと強めのハムとチーズがよく似合う。やや厚めにスライスされた自家製ポテトチップをポリポリポリポリ囓りながらアイスティーを啜り、ボリュームたっぷりのサンドイッチを食した。昼は"軽め"にサンドイッチ……という当初の予定がここで一気に崩れる。もう腹一杯。

だんなの頼んだ"正統派チーズバーガー"的ハンバーガーも「この店はパンケーキがメインじゃなくてハンバーガーがメインでもいけるんじゃないかしら」と思えるほどの味だったし、息子用の「4枚組シルバーダラーパンケーキ、イチゴのコンポート添え」も幸せな味がした。キッズメニューのパンケーキには好みのソースをかけてもらえるのだけど、
「息子のパンケーキ、ストロベリーソースを添えてくれる?」
と頼んだら、イチゴジャムではなくてイチゴのコンポートがココット皿に入れられてどっさりとやってきた(←そういうところがまた、この店が愛される一端なのだと思う)。
イチゴの粒がそのまま残るコンポート、息子が口の回りを真っ赤にしながら完食。
ハンバーグが美味しかったもんだから、この店でステーキを喰ってみるのも悪くないかも、とパンケーキとはまた別の方向に萌えてしまう私たちだった。

「WAL☆MART」で買ってきたフライドチキン
ビール(ハイネケン)

本当は、今日の夜は御近所にある地ビール屋さんに行ってみよう、と言っていたのである。冷蔵庫内の食材もほぼ無くなったことから、今日の夜は外食決定なのだった。……が、昼に期せずして行ってしまった"P"で我らはすっかり満腹に。そのまま「水を買おう」「電池もないぞ」とWAL☆MARTに買い物に行き、
「もーいーやー、夕食、これでいーやー」
「そうそう、家でたらたらビール飲んでフライドチキンでいいやー」
と若干投げやりな気分で、1パック4ドルほどのフライドチキンのパックを買ってきてしまったのだった。

でっかいプラスチックケースに8ピース入ったフライドチキン、ケンタじゃないけど「全部喰って骨つなげると一体分になります」という感じだった。腿も手羽も2つずつ入っている。でっかいピースは息子の顔を覆うくらいありそうだし、手羽はその1/5ほどの大きさ。えらくざっくばらんなフライドチキンだった。

やはり夜になっても腹は減らず、"腹5分目"程度の状態でもう7時半。
ただただチキン囓りながらビールを飲むという大変堕落っぽい夕食になった。今日のビールはハイネケン。先日ドライカレーをした時にWさんが差し入れてくれたやつだ。我が家、来客が来るたびにビールを貰っているので(タダで御馳走になっちゃ悪い、と言うので「ならばビールを持ってきなさい」と言ったのは私とだんな)、自分たちじゃ普通選ばないような銘柄も着々とストックが増えていて、妙に充実したビールストックがあるのだった。ハイネケン、もっと味がないビールと思っていたけど思っていたよりコクがあるしカラッと軽い割に飲み応えもあり、けっこう好みなビールだということが判明した。

アメリカは、バドワイザーなどの"どこででも売られているビール"はどうも水っぽくて軽すぎて今ひとつ好みじゃないものが多いけれど、地ビールはやたらと美味しいものが多い。このテネシーにも「Micro Brewed Beer」の看板を掲げた店をちらちらと見かけるけど、「子連れで行ってビール飲んだくれちゃいかんかしら」とまだ入ったことがないのであった。
今のところ、一番美味しかったのはニューオーリンズで飲んだルイジアナの地ビール、「Abita」という銘柄のアンバーエール。また生牡蠣や蟹のフライを傍らにガバガバ飲みたい。牡蠣の旨くなる冬の季節に、きっと私たちはまたニューオーリンズに行っちゃうのだ。

10/12 (土)
Sweet Tomatoes(Las Vegas)にて、サラダ&スープブッフェ (昼御飯)
この日の詳細は、旅行記にもより詳しくございます
ハム&チーズサンド
卵サンド
ピーナッツバターサンド
牛乳

今日から7泊8日の国立公園&ラスベガス旅行。
が、出発まであと6時間ちょっという前夜午前2時、突然息子が発熱した。2時に「おかぁさん……」とぐずぐず泣く声で目が覚め、3時半にも水を飲ましたりなどで起き、熱はちょっとばかり高め。だんなは"もしも朝起きて、まだ熱が高かったら旅行は中止だな"と覚悟したらしい。が、私は
「息子息子あのね、明日は飛行機に乗って旅行に行く予定なのです。……行きたい?」
「うん、ぼく、ひこうき乗りたいなー」
「OKわかった、じゃあ根性で熱を下げなさい」
と赤い顔してゼーハー言っている息子に直接問い告げるという非道な事をやっていた。

ともかく午前8時、熱は無いわけではないけど"微熱"の域にまで戻り、なんとか出発できそうだということに。
ま、のんびり行こうや、ということで。

冷蔵庫に卵が残っていたので、サンドイッチに加工して朝御飯に持っていこうと決めていた。昨夜のうちにゆで卵にして卵サンドにし、ついでに冷蔵庫から発掘したハムとチーズでハムチーズサンドに。更に甘いものも恋しいわよね、とピーナッツバターサンドも。調子に乗って作っていたら大変な量になり、同じ日のほぼ同じ時刻、別の便で別方面への旅行に出発するMさんにお裾分けしちゃうことにした。皆で1台の車で空港に向かい、チェックインを済ませた後、Mさんまじえて4人一緒に空港ロビーで朝御飯。シンプルなシンプルなサンドイッチだけど、案外そういうのってそのへんには売ってないのでちょっと重宝したのだった。

我が家分のサンドイッチは全部で10切れ。大食漢のMさんの分は、8切れ。
「こ、こんなに自分の分、あるスか!」
と笑うMさんに
「機内食とか、きっと出ませんよ。残ったら昼かおやつに食べちゃえ〜」
と押しつけてしまったところ、朝御飯に完食してしまった。ぺろっと食べきって「御馳走さまでした!」とワシントンDC行きの出発ロビーに去るMさん。……また彼の胃袋を侮っていたらしい。

Las Vegas 「Sweet Tomatoes」にて
 サラダ&スープブッフェ

お昼過ぎ、4時間のフライトの末、無事にラスベガスに到着。今宵はラスベガスの北西にある国立公園「デスバレー」内のロッジに宿泊予約を入れてある。ラスベガスからは150マイルほどの距離があるし、その宿は西の端にあるので(『地球の歩き方』にすら載っていない宿だった。他の公園内ロッジは載っているのに、何故だ)、公園に入ってからがまた大変そうだ。とにかく急いで向かいましょう、と車を北西に走らせた。

とはいえお昼過ぎでかなりの空腹。しかもテネシーからは2時間の時差があるので、ここの正午は私たちにとっては午後2時なのであった。もうめちゃめちゃ空腹。初めて乗った安い航空会社「Southwest」は、機内食はなく、クラッカーやオレオなどのスナックセットが支給されただけだった。
「そそそ、そのへんに車止めちゃおうか」
「いやいや、ラスベガスの繁華街入ると時間取られるからもうちょっと行こう」
などと言いつつとにかく車を走らせ、ラスベガス郊外にあるモールに車を突っ込んだ。「Sweet Tomatoes」なるファミレス風レストランがあり、看板にはサラダとスープのブッフェをやってるよん、と書かれている。とりあえず入ってみることにした。料金は一人7ドルくらい。

シーザーサラダや中華風サラダの他、コーンだのポテトだの玉ねぎだの、マカロニサラダだのとありふれた感じのサラダバーが入店するなり目の前に広がっている。サラダを取って精算し、席についてから今度は奥まったところにあるパスタやパン類、スープや、オーブン焼き系を取ってくるようになっていた。サラダとスープのブッフェというわりには、色々揃っている。フォカッチャやピザパンなどのパン類や、ミートソーススパゲティやアルフレッドソースが絡んだペンネ。スープはクラムチャウダー、チキンヌードルスープ、コーンチャウダーなど6種類ほど。フローズンヨーグルトの機械まで置いてあって、あれこれ食べることができた。

……味は「普通」というか「今ひとつ」というか、クラムチャウダーに限っては「もっとがんばりましょう」というか。全体的にアメリカンな味つけの料理はどれも大雑把な味わいで、見かけはごく普通のマカロニサラダが妙にねっとりと甘かったりした。スープ類も、チャウダー系はどっぷりとしたとろみと甘味ばかりが強くて、"キャンベルの濃縮缶詰を水少なめに溶いて塩を抜いて砂糖を加えた感じ"的な味がする。食欲が全くなさそうな息子はフローズンヨーグルトを食べるばかりで、ちょっと心配だった。

ともあれ、腹も満ちたことだし、デスバレーに向かうとしよう。

Death Valley 「Panamint Springs Resorts」にて
 The 49er Filet Steak
 Sierra Nevada Pale Ale

荒涼とした風景の道をひたすらひたすら北上し、午後4時前、デスバレーに入った。私たちの住むテネシーはじめ、ミシシッピ州やルイジアナ州あたりの風景は木々が多く川も多く、全体的に「深緑と青」ばかりが色として感じられる風景だ。が、このあたりはもう、目に入るのは白っぽい茶色とか、緑っぽい茶色とか、全体的に茶色茶色ばかり。背の低いこんもりとした草木が生えていなくもないけれど、その色合いがまた白っぽかったり茶色っぽかったりするので寂寥感は一層増すばかり、という風景だった。風もやたらと乾いている。
ラスベガスを抜けた途端にそういう荒涼とした風景だったけれど、デスバレーに入ってからはまた一層それに拍車がかかる。

「悪魔のとうもろこし畑」なる名前のスポットの脇を通り、砂丘の脇を通過し、とにかく日がくれる前に、と宿に急いだ。
宿到着は5時過ぎ。日はまだ落ちていなかった……が、小さなロッジの中は薄暗い。電気をつけても良い時間なのに、ロッジのフロント兼レストランのキャッシャー兼土産物屋のキャッシャーである建物の中にはろうそくの火が2つ3つ揺れているだけだった。5時過ぎなのに、もう夕食を摂っている客の姿がテラスに見える。

「あのねぇ、今日、発電機がイカれちゃったのよ。部屋に電気はつかないわ。このレストランもね。熱いお湯も出ないのよ。宿のキャンセルをしたければそれでも良いし、それでも泊まってくれるなら40%の値段で良いわよ」
と、宿のおばちゃん。
で、電気がつきませんか。熱いシャワーもダメですか。顔を見合わせて思わず笑ってしまう私たち。キャッシャーの奥にある真っ暗な厨房からは、ステーキを焼いているらしい美味しそうな匂いばかりが周囲に漂ってきている。どうやら御飯を出すことくらいはできるらしい。

いいよいいよ、暗くてもいいよ、と、結局そのままチェックイン。これをどうぞ、とアルコールランプとろうそくとマッチを渡された。……大変なことになってきた。

とにかく、真っ暗になってしまう前に行動して暗くなったらとっとと寝よう、と午後6時頃に早々に御飯を食べてしまうことに。各テーブルにもろうそくが置かれ、給仕のおねぇちゃんは懐中電灯片手に注文を取っていた。そんな状態なのに、しっかりメニューが渡されてしまうのがまたおかしい。
「息子用にホットドッグできる?」
「できないわ」
「……じゃあね、フライドポテトは?」
「それも、ムリ」
だったらメニューを持ってくるなよ、と思わなくもないけど、ディナー用のステーキメニューはひととおり作れるようだった。「The 49er Filet Steak」なるステーキと、ネバダの地ビールを注文。

しっかりした飲み口の好みな味のペールエールを飲みながら、山の稜線の影にすっかり日が落ちてしまうのを眺めていた。いよいよ暗くなってきて、ステーキが来るころには、ろうそくがあっても物体の輪郭がようようわかるくらい、という状態にまでなってしまった。
「何が来たのかわからないよー」
と笑いながら、匂いだけはしっかり旨そうに漂ってくる物体にナイフを入れて口に運ぶ。大きな大きなジャガイモのグリルと、玉ねぎやズッキーニ、パプリカを塩炒めにしたもの、更に厚さ5cmくらいの大きなステーキが盛られているものの正体であるらしい。視覚はほとんど役にたたない、かつてなく貴重な体験の夕食だった。息子はガーリックトーストを
「……くらいね。……こわいよー」
と泣きそうになりながら囓っていた。

部屋には、電話線はなかった。更に電気が使えないとあって、バッテリーがすぐになくなる私のパソコンはもう立ち上げることすらできない。
今までいろんなところに旅行に行ったけど、電話も電気もないという状況は初めてだった。もう何から何まで貴重な体験の一夜、
「なんで初日からこうなっちゃうんだ」
「……ねぇ?今回はちゃんと目的地に着いたのにねぇ」
と大笑いしながらの楽しい夜となった。

10/13 (日)
Panamint Springs Resorts(Death Valley)にて、ブレックファーストブッフェ (朝御飯)
この日の詳細は、旅行記にもより詳しくございます
Death Valley 「Panamint Springs Resorts」にて
 ブレックファーストブッフェ

「電気が全く使えない」という貴重な体験をした一晩。
夜中に息子に起こされて、そのついでにと外に出て空を見上げたら、これまでに見てきた中で一番綺麗な星空と対面できた。悔しいことに、私にはオリオン座しかわからなかったけど、ほけーっと十数分見上げ続けた見事な星空。電気が全くない暗黒の一夜にちょっと感謝だ。
3時に目が覚めてからは、室内にろうそく、バスルームにアルコールランプを灯しながら寝る。ろうそくも明るいもんだな、と妙に感心しながら朝を迎えた。

朝食は、ごく簡単なブッフェスタイル。四角いポソポソした食感のパンや、砂糖たっぷりのデニッシュ、あとは自家製らしきスクランブルエッグに野菜入りのハッシュドポテト、カリカリベーコン、ソーセージ入りのマッシュポテト状のクリームソース(パンにつけて食べていた人が多かった)、メロンなど。紙皿に各自盛りつけて、好き勝手な席についてもしゃもしゃ食べる。屋外の芝生の上のテーブルについたら、周囲の山がゆっくり朝日に染まっていくのが見えたりして、最高に気分が良かった。昨夜の経験もあって、「ああ、お日さまってすばらしい」などとしみじみ思ってしまったり。

午前9時前、チェックアウトして今日はデスバレー見物。砂丘の隅をよじのぼったり塩の海を眺めたり急な坂道を上って上からの絶景を堪能したりした。……すっかり時刻は1時過ぎ。やばい、今日はグランドキャニオンに宿を取ってあるのに。

バーガーキングにて
 ホームスタイルバーガーコンボ

デスバレーからグランドキャニオンへの道を甘くみていた私たち(主に、私)。
「えーっとね、ここからこの道に入って60マイル、そいでもって州道に入って60マイル……最後はインターステートだから大丈夫、150マイルくらいかな?」
「……そ、そんなにあるの?え?インターステートだけで150マイル、あるの?」
「やばい?」
「……やばい。やばいよ。宿つくの、9時過ぎたりするかもよ」
「……え"?」

とにかく色々甘くみていた私だった。そりゃそうだ、高速道路でもない道を時速100マイルでかっ飛ばすわけにはいかない。

とにかく急ごう、と早く到達するであろうルートを考えつつ、南下しつつ東を目指すことに。
高速道路に乗る直前の小さな町で簡単に食事しよう、と探して見つかったのはバーガーキングで、
「ここでいいや、入っちゃえー!」
と昼御飯。日本にいるときは少々馬鹿にしていたバーガーキングだけど、二枚重ねのハンバーガーが挟まるバーガーは、そこそこ普通に美味しかった。炭酸系の飲み物が恋しかったのに、あるものはコークとダイエットコーク、ドクターペッパー、スプライトという今ひとつ苦手なもの(&飲んだら腹を下すもの)ばかり。仕方ないのでレモネードをぐびぐび飲んだ。
食べかけのフライドポテトは全部テイクアウト用の紙袋にざざっとあけてしまい、それを車に持ち込んでいざいざ東へ。

Grand Canyon 「Yavapai Loadge」併設カフェテリアにて
 スパゲッティ ミートソース
 ポテトスープ
 ダイエットコーク

大変な道のりだった。「あと高速道路を150マイル、そこから更にグランドキャニオンまで60マイル」という状態で、既に4時半。全行程を時速100マイルで飛ばしても2時間はかかる距離だった。途中で日も暮れる。高速道路じゃない普通の道も走る。どう見積もっても3時間、下手したら4時間はかかる距離だった。

それでも、なんとか宿にチェックインしたのが午後7時30分。同じ国立公園内の宿だけど、昨夜とはうってかわって大規模な宿だった。グランドキャニオン内でも最大規模の宿らしい。2階建ての2棟にそれぞれ30部屋ほどずつが入り、その棟が森の中にいくつもいくつも建っている感じ。グランドキャニオン内のロッジがここしか空いていなかったのも頷ける。

夕飯を食いっぱぐれることも覚悟していたけれど、幸いカフェテリアが8時まで営業しているということで、簡単に夕飯を済ませた。メニューはピザにバーガーにスパゲッティ。
「……日本のスキーロッジにありがちな"カツ丼"とか"カツカレー"が懐かしいわぁ」
と苦笑しながら、スパゲッティを注文してポテトスープもつけた。

アメリカの御飯は、一般的にマズイマズイと言われている。
幸いにして我が家の周辺のお店でそういうことを思ったことはあまりなく、前回旅行したニューオーリンズときたら腹が破れそうになるほど美味しいものに溢れていた。だから、「そんなことないよー、アメリカは美味しいよー」と思うに至っていたのだけど……。

やっぱり、場所によってはマズイ。大変にいただけないものも多い。
日本の観光地も同じく大変にいただけない食べ物屋が多いことを承知しつつ、やっぱりアメリカも観光地なんかは同じ傾向があるのかしら、と悟るに至った。昨夜泊まったロッジの食べ物はかなり良い感じだったけど、この夕食のカフェテリアは悲しいほどの不味さだった。

ゆでおきのスパゲティはペショペショだ。てろてろに伸びたうどんを「うどんのゾンビ」などと評したりするけれど、これは「スパゲティの水死体」という感じ。ゾンビはそれでも動くんだからいいじゃないか、こっちはプヨプヨな上に動かないんだぞ、という感じ。ゆでおきのパスタを、ラーメンをゆがくが如くちゃちゃちゃっと湯で温めて皿に入れ、ソースをかけてくれるけど水切りが悪くてソースもペショペショ。ケチャップの味というか、それにステーキソースを加えた味というか、ジャンクな味わいのミートソースは今ひとつ味のないものだった。ポテトスープも塩だけ入れりゃいいってもんじゃないだろう、みたいな味気ないものだったし。

この旅行は、ラスベガス滞在期間はともかく国立公園は御飯が目当てじゃないのよ、目当ては自然なのよ景観なのよと自分を納得させながら部屋に戻ったのだった。ま、負けてたまるか。